一人じゃ息も出来ない癖をして | ナノ


宝物を、見つけた。

本当に幼い頃、母親の装飾品で見たようなきらきらとした綺麗な石。
特に悪戯もしないからと母親も見せていたが、赤司は色とりどりの綺麗な宝石を見て考えていた。
どうしたらこんなに綺麗になるんだろう。それとも最初から、こんなに綺麗なのだろうか。

全中ニ連覇、帝光バスケ部の地位を確固としたこの偉業は、代わりにあるものを代償であるかのように持ち去った。
チームの柱である青峰の才能が開花し、青峰自身がそれにより苦悩していることは赤司も知っていた。誰も追い付いてくる人間がいない。自分と、対等の人間がいない。
だが赤司かどうこうする以前に青峰が求めているのは、自身と同タイプの人間が自らを負かし、徹底的に突き放されること。
赤司と青峰のバスケスタイルは違うし、今となって青峰に赤司が圧倒的差をつけて勝つということは難しい話であった。
キセキ以外でなければならないのだ。

それに、赤司にキセキを突き放すことは出来なかった。
完璧な人間である赤司がただの人に成り下がる、それが赤司が見つけた輝石であった。

相棒である黒子もまたそれに引きずられるかのようにモチベーションが著しく低下し調子が良いとは言えない。試合での結果は良い。だが黄瀬や緑間にも崩壊を止める術は無く、桃井に青峰の傍にいてやって欲しいと頼む。

まるで、パズルのように。
キセキと呼ばれた彼らの絆は一つのピースが外れたことで、簡単なほどに崩れ去った。
そのパズルに絵が描いてでもあれば、話は変わっただろうがそのパズルは真っ白なミルクパズルであり。
ピースの形だけで再びパズルを完成させるには、時間が足りなさすぎた。

共に居れる時間など、限られているのだから。





定期的に感じる違和感を紫原は感じていた。

――――また。

他の部員は気付いていない。気付くはずがない。
本人が感づかれないようにしているのだから。

全中三連覇。中学バスケ部においての頂点を意味することを成し遂げた帝光バスケ部。
勿論それだけの実績があれば、全国の強豪校からのスカウトは後を絶たない。外部への情報を最低限に抑えていた黒子は別だが、他のキセキはそれぞれが進学先を決めていた。
特に主将である赤司などは、三年の春には既に名だたる高校からの指名が数件も来ていた。
紫原の元にもまた、そういったスカウトが来ており、教師から渡された各学校のパンフレットを興味無さ気に流し見していた。

――――赤ちんは、どこ行くのかな。

全中後引退を迎えた後、キセキ達がお互いに干渉することは極端に少なくなった。緑間や黄瀬はそれほどでもないが、黒子がキセキの前に姿を現すことは無くなった。
赤司は黒子の所在について知っているのかもしれないが、それを言うことは無いだろう。
寧ろ、紫原は赤司の方を気にしていた。いや、元々その気性はあったのかもしれないが、前にも増して赤司が他人との接触を避けているような気がしたのだ。少しならば気にすることもないだろうが、特にそれを確信したのは紫原が赤司の肩に触れた時。
こちらが怯むほどの剣幕で振り返った時の顔が頭にこびり付く。あんな顔の赤司は見たことが無い。

常から子供っぽいと言われる紫原。コントロールが難しいと思われていた紫原の手綱を上手く握ったのが赤司だった。
最初は赤司の何事をも見透かしたような態度にお世辞にも良い印象を持っていなかった紫原だが、赤司からの接触に始まり時間が経つにつれ、段々と赤司の性分を受け入れ同調した。
打って変わったように赤司に懐いた紫原に周りは驚いたが、二人にとってお互いは案外噛み合いやすかったのかもしれない。常人とは違う思考回路を持ち、非凡な才能で覇道を進む赤司と、類まれな体格から生まれた独特な感覚を持つ紫原。
自虐的とまではいかないが、あの頃紫原にとっては拾われた捨て犬のような状態だったのかもしれない。自分よりも小さなその体で、行動も思考も全てを受け入れてくれた赤司。

中学二年の始めだっただろうか。
体格的に赤司はすっぽりと紫原の腕に収まってしまうから、常に後ろを歩いていたことで自然と座るときなどは抱きかかえるような格好になってしまうのだった。
部活終わり、資料のまとめをする赤司を抱きすくめる様に暇をつぶしていた紫原はふと、赤司の唇が気になった。
いつも正論を紡ぎ、赤司の吐き出す言葉一つ一つが魔法みたいな力を持つ。気付けば赤司の問いかけを無視し、赤司に自分の唇を重ねていた。

「―――……」

ただ押し付けるようなキス。唇を離せば、珍しく目を丸くした赤司が見上げていた。なんだかその目に見られているのも居たたまれなくなり、赤司の肩に顔を埋める。

「紫原」
「名前」

顔を肩に押し付けたまま会話を続ける。二人きりの時は名前で呼んでほしいと言ったのは紫原の方からだった。小さな子供が自分だけの特別を求める様に、紫原は赤司との間に”二人だけ”の何かを作りたかった。

「…敦」
「ねぇ赤ちん」

肩に押し付けたままくぐもった声の紫原が、赤司には酷く小さく幼く見えた。

「好き」

紫原の体温だけではない。好きと紡がれた口から肩を伝って、全身に熱が広がっていくようだった。
好き、好き、と小さく何度も繰り返す紫原。赤司はコトリとペンを置くと、先ほどから回されている紫原の腕にそっと手を添えた。

「……うん」

紫原には赤司の顔は見えなかったが、赤司はその時の顔は見られたくなかっただろう。正直言ってしまえば怖かった。自分がここで紫原の望む答えをすれば、結果的にそれが紫原にとって良くないのではないか。
紫原が自分に対して友愛や親愛以上の感情を向けてきていることには何となく気付いていたし、出来ればそれがお互いに勘違いであってほしかった。紫原にとってもであったが、赤司にとっても紫原は異色であり、共に過ごす時が長くなるにつれ唯一の存在になっていたのだった。
赤司は、依然読んだことのある古典物語を思い出した。その中で度々出てくる恋愛ものの話。当時の社会的な立場やそれらを一切無視して、想いを伝えれば二人で駆け落ちをする。
その後は女が鬼に食べられてしまったり、昔話によくある様に試練を乗り越えて幸せになったり。結末は様々だが、どれも自らを取り巻く物全てを無い物のように無視して外の世界に飛び出す。
それがお互いにとってどう影響を与えてしまうかも考えないで。
今の赤司には、その大昔の作り話が羨ましかった。どうであれ、自分に素直になれているのだから。
もしかしたら、そのお話が作られた時代にも、こんな風にどうすることもできない恋をしていた人がいたのだろうか。

「敦が、好きだよ」



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