零式 | ナノ

 埋没した境界線(後)

恋をする、なんてよく理解もできないようなガキの頃に、確かに俺の世界はアイツにすべて持って行かれた。

初めて会った頃は、周りを警戒して妹を守ろうと必死だったあいつに惚れた俺は、とにかくしつこいくらい構い続けた。次第に自分のいる場所が安心できる場所だと理解し始めたあいつも、笑顔を見せてくれた。
打ち解ければ存外年相応な思考で、冷たく大人ぶっていたのは親がいないのを埋めるためか。
その感情が何なのか、どういったものなのかを分かっていなかったから、まるで兄妹が増えたような感覚だった。

高校に入ってから自分の感情の正体に気付いてからは、この感情を伝えるべきかとも思ったが、もしそうして拒絶されようものならば、それまでの絆が崩壊し、何より、一番最初に護りたいと強く思った相手を傷つけてしまうのが柄にもなく酷く恐ろしかった。
このことについては他人の感情には聡い片割れや当の想い人の妹には筒抜けだったようで、今まで誰かに取られてしまう、ということは回避できていた。
しかし、いつまでもこのままにはできない。いつかは答えを出さなければいけないことだし、何より自分がこのままというのが歯痒く苛々する。
最悪嫌われても、隠したままあいつを騙し続けるよりは良い。




「それで、いつ伝えるんですか?」

放課後の空き教室。校舎に残って勉強をする生徒以外は、ほとんど帰ってしまっている時間帯。

「いや、それがよぉ…」

デュースには最近よく相談に乗ってもらっていた。そろそろ伝えようと思ってはいるのだが、いかんせんタイミングが掴めない。

「早くしないと、誰かに取られちゃいますよ?」

実際、エースに好意を寄せるものは何名か把握していた。基本真面目で成績も優秀、男女隔てなく接するエースにそういった感情を持つ者はややこしいことに男女共にいて、今まではいつもそばにナインやキング、デュースが居たから事なきを得たが、これからもそうだとは限らない。
因みにデュースもキングも、二人のそれぞれに対する気持ちに関しては了承済みであった。ならばどちらにも伝えれば済む話ではあるが、こういったことはやはり本人同士で解決せねば後味が悪い物である。
本人の口から直接伝えなければいけないのだ。

発破をかけたデュースに眉を寄せて困ったように小さく舌打ちをするナイン。
そうだ。いくら自分が思っていてもエース自身の心が移ってしまえば意味が無いのだ。しかし、エースの傷ついた時の表情を想像してしまい、なかなか踏ん切りがつかない。
進まなければいけない。しかしどうすれば。




取っ手から離れる手。足元がふらつく。どうにかバランスをとると、その後のことはよく覚えていない。
とにかくここにいてはいけない気がして、壁にぶつかったとき鞄が落ちたような気もするが、そんなことを気にする余裕はなかった。


人気がない時間帯で良かった。

普段から人がいない近くの資料室に飛び込む。あまり人の出入りが頻繁ではないからか、少し埃っぽいそこで呼吸を整えようとするがやはり少し咳き込む。
扉を閉め奥の壁にふらふらともたれ掛かる。
電気は付いておらず窓から差し込む沈みかけの太陽の光で僅かに部屋の中が見渡せる程度だった。壁にもたれかかったままずるずると座り込むと、訪れる静寂。一つ息をつくと、ぽろりと、驚くほど自然に目から水滴が零れた。
気持ちより涙が先走りし、そこからは止めどなく涙が溢れた。

(――痛い。痛い)

「…ふっ、…っ、う……」

止めようとしても一向に止まらない。心臓が冷たい鉄の棒で締め付けられているようで、エースは体を縮こまらせ、必要もなく声を殺し唯々泣き続けた。




「今、何か音がしませんでした?」

ふいに教室の外から何か物音がし、ドアを開けると、少し離れた所に鞄が落ちていた。

「これ…エースの」

まさか。デュースは不安げな表情をしてナインを見やる。

「――ちっ」

「あっナインさん!?」

どこに行ったかなど分かるはずがない。
だが探さねば。
なんてタイミングの悪い、いや自分がいつまでもじれったくしていたからか。階段を駆け下りた所ではたと足を止める。
そうだ。

季節的に暖房設備がそろっていない資料室はかなり寒い。しかし目元は焼けるように熱く、未だ止まることなく溢れる涙をカーディガンの袖が吸収し少し重く湿っていた。
するとポケットの携帯が振動し、着信を告げる。画面を見てみれば、一本の通話着信。
そこに映し出されている文字は今、一番会いたくて会いたくない人物の名前。

数回のコール音が響く。
相手は切るつもりはないようで、五、六回のコール音の後に、恐る恐る通話ボタンを押し携帯を耳に当てる。

『エース!、お前今どこだ!?』

向こう側からは息を荒げたナインの声。走っているのだろうか。

「……言いたくない」

鼻声交じりの声で虚勢を張る。こんなみっともない姿見られたくない。

『あぁ!?……言うまで帰らねぇからな』

訪れる沈黙。互いに押し黙ったまま、数秒間。エースの鼻を啜る音や互いの息遣いだけが携帯越しに伝わってくる。
ついに耐え切れず音を上げたのは、エースの方で。

「………資料室」

小さく、かすかに呟いた単語に反応したナイン。プツリと電話が切れ、遠くから世話品足音が聞こえると思ったら、勢いよく開けられるドア。顔を上げると、そこに立つナインとばっちり目が合ってしまった。こちらに向かってくるナイン。

「――ナイ、」

その名を最後まで呼ぶことは叶わなくて。元から小柄だが、膝を折り小さくなっていたエースは上から覆いかぶさってきたナインにすっぽりと収まってしまい、そのまま強く抱きしめられた。

「好きだ」

電話越しではなく、耳元に直接聞こえる声。

「好きだ」

反復するようにもう一度発せられたその言葉を噛みしめる。

「エース、俺ガキん時からずっと、お前のことが好きだ」

ここが寒いせいだろうか。ナインが今まで走ってきたせいだろうか。制服越しに触れる体の温度が直に流れ込んでくるようで、さっきまでは目元しか熱くなかったのに、今では全身が熱い。

「エース。お前は?」

確認を求めるように問うてくるナイン。うまく声が出ない、出そうとしてもかすれて言葉にならない。
それでも必死に意識をかき集めて、短い言葉を紡ぐ。

「……好き」

抱きしめられたことで塞き止められた涙が再び、飽きることなく溢れだした。

「す、き……僕も」

ナインの制服の袖を掴み、胸に頭を押し付ける。

「僕も、ナインの…っ!」

触れ合い方を知らずにいたから痛かった。正面から向かい合えば、互いにどう思っているかなんて、いくらでも知れたのに。
ひとしきり泣いた後顔をおずおずと上げると、今まで素直に見ることのできなかった顔が至近距離にある。そしてごく自然に、どちらかがそうしようと言ったわけでもなく、二人の唇が重なった。

今までの空白を確認するように、角度を変え何度も。







「二人とも、知ってたのか?」

「ええ、因みに私9歳の時に気付きました」

「マジかよ……」

「これで少しは安心できるな」







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これで終了です〜一時はどんどんシリアスになりかけて慌てて修正しました^o^;
現パロ楽しすぎて笑
リクエスト頂いた設定に悶えすぎてデュース加えちゃったんだが今更ながら大丈夫だろうか...血涙様、リクエスト有難うございました!!
因みに双子sの設定的な物↓


どちらも二卵性
キング ナイン 双子
エース デュース 双子

キング
ナインの双子の兄
ナインとは真逆で落ち着きがあり大人
エース、デュースの兄のような存在

ナイン
キングの双子の弟
直情型で分かりやすい性格
幼いとき初めて出会ったころからエースに一目惚れ、現在進行形で片想いなう

エース
デュースの双子の兄
真面目で優等生 大人びているように見えるが背伸びしているだけ
動物に好かれる キング・ナインとは幼馴染
ナインのことは大切な幼馴染で親友だと思ってきたが最近心境に変化あり

デュース
エースの双子の妹
エースと同じく基本真面目 どこか抜けている面も
だが頑固な一面があり怒らせたらキングが口出しできなくなるほど怖い
吹奏楽部




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