零式 | ナノ

 鋼鉄聖少女に抱かれるならば




マキナが帰ってきた。真面目な彼が何も言わず任務を放棄するなんて今まで一度も無かった。
0組の皆が、彼の様子が何かおかしいことに薄々気づいてはいたが、特に何か言うということはしなかった。それは彼らがあまり他者と慣れあうような気質ではないのと、彼らなりの気遣いでもあった。
こうして帰ってきただけ、生きていただけましなのかもしれない。が……。

「マキナ、なんだか前と違いますね…」

「え、あぁ…」

彼は真面目で、優しいが故に戦争に心を痛めていた。
それ故にそんな自分を抑えようと冷たい印象を持たれることもあるが、彼はただ、優しかっただけなのだ。
クイーンの言った通り、帰ってきてからのマキナの様子は何だか変わったように見える。

なんといえば良いのか、感情の起伏が極端に少なくなった。といえば良いのか。まるで自分の感情全てを押し殺し押し込んでいるような。
話しかけられても冷たく突き放すようなことしか言わず、ケイトなどの直情的な性格の者はマキナの態度に不快感を示していた。

「もう、マキナのことなんて知らないっ」

「ケイト」

0組のことを信頼しているからこそ、ケイトはマキナの独断的な行動に怒っていた。

「エースも、今のマキナは何言ったって聞きゃしないんだから、あんまり構わない方がいいんじゃない?」

幼い頃から一緒にいた自分達の中に突如現れたイレギュラーな存在。そのイレギュラーにより自分たちは、更にイレギュラーな考えに触れた。

マザーから与えられた知識だけで生きてきたエースにとって最初、マキナの存在は外の異質な物に触れるような感覚だった。
マキナの笑った時の顔は彼の、思い出せないが自分が会っていたという彼の兄に似ているような気がする。
覚えてもいないのに、と思うが、時折夢に出てくるその兄らしき人物とマキナの髪や瞳の色が同じことから、そうなのではないのだろうか。


日も傾きあたりが暗くなってきたとき、エースは一人どこかへと行くマキナを見かけた。後ろ姿で、ちらりとしか見えなかったがその時のマキナの放つ雰囲気はとても常のものとはかけ離れており、なんだか嫌な予感がした。

「っマキナ!!」

何か言う事など無く、ただ衝動的にマキナを呼び止めてしまった。
レムの言っていた通り、何だかマキナが遠くに行ってしまうような気がして。
ゆっくりと振り返ったマキナの視線は、以前とは比べ物にならないほど鋭利で冷たかった。寒い季節でもないのに、指先が冷たく凍っていくような気がした。

「……なんだ?」

口から紡がれる言葉も、言葉一つ一つが鈍重で自分の心臓に重くのしかかってくるように感じられた。

「……あ…」

どうしよう。何を言いたいのか、何を言うべきなのか。いつもはするすると動く思考回路も完全に機能を停止していて全く役に立たない。

「………」

いつまでも黙っているエースにしびれを切らせたマキナは、一つ溜息を吐く。溜息一つにも肩をビクリと反応してしまうエース。
数秒経ち、徐にマキナが動きだした。しかしまた元々行こうとした方向ではなく、エースに向かって。
そのままエースの腕を引っ張り、肩を掴みその場で壁に押し付けた。

「―――っ!、!?」

肩と背中を思い切り打ちつけ一瞬息が詰まる。更に、呼吸をしようとした瞬間マキナによって唇が塞がれる。

「んっ……んぅ…!?」

痛みで痺れる肩を動かしどうにか引き剥がそうとするが、身長差により頭を上に向かせられ、体格的にも押さえつけられてはどうにもならない。
深く口づけられ、必死に閉じていてもマキナの舌が歯列をなぞりゆるゆると口内に侵入してくる。怯えるように逃げ惑っていた舌を絡め取り、強く吸い上げるとその度にエースの体が跳ね上がる。

「ふぅ…っん、や……」

気遣いなど一切ない、貪るような口づけに、呼吸もままならず生理的な涙が滲む。あまり騒ぐと誰かに見られてしまうのではないかとも思ったが、この時間帯では殆どの者はここを通ることは無い。かといってそれはこの場から助け出してくれるものも来ない、ということでもあるのだが。
息が苦しくなり意識が朦朧としてきた。マキナのマントを握りしめ引っ張ると、ようやく解放される。互いの口からどちらの物ともわからぬ唾液が、一本の細い銀糸となり切れ、重力に従いエースの口端から伝う。

「っは、はぁ…っな、んで」

肺に新鮮な空気をやっと入れることが出来た。不服だが、今のエースはマキナが腕を抑えているからようやく立っていられる状態で、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうなほどだった。

「……うして…。……傷つ……ない」

ぼそぼそと何かを呟くマキナ、息を整えるのに必死でうまく聞き取れなかったが、合わさった視線に背筋が震えた。

「マ、キ」

「エース。……君は、俺の味方か?」

一瞬、一瞬だけ、以前の暖かく強い翠が震えたように見えたが蜃気楼のように失せ消えてしまい、真意の読み取れない、凍るように冷たい瞳に戻った。首筋に唇が触れた。


押さえつけられた腕で彼を抱くことが出来るのか。しかしそれにはあまりに自分は幼く、彼もまた幼い。

崩れる砂の城は只、見てくれの要塞でしかないのだから。



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