零式 | ナノ

 あなたの独白を遮るのはシクラメンに寄り添いたいからなの

片手を空けるなんて余裕を持たずに。両手で撃つなんてまどろっこしい。そんなんじゃ守りたいものに傷一つつけない、なんてできないのだから。

「キング」

優しい声により余計に自分が罪深く聞こえる。

「キング」

ただ守られるなんてことは彼も本意ではないしそんなことはできないのは分かっている。

「キング。僕は大丈夫だから」

でも目の前でこうして傷付き血を流し痛々しい姿の彼を見ることは、やはり、ああ自分はまた守れなかったのだと気狂いのように何度も反復し自分に刻み付けることにしかならなくて。
エースは作戦中にけがを負った。敵の陣地中心に直接乗り込み制圧する任務だったため必然的に敵に囲まれやすい。しかしそこは0組。それでも難なく任務を進めていったのだが、そこで一つのアクシデントに見舞われた。
敵の中に、思った以上の数のスナイパーが配置されていたのだ。キングの銃や魔法で対処は十分できた。だが一瞬の判断がスナイパーを相手にするには重要で、それを誤ってしまったのだ。不注意だったのは自分だし、討ち損ねていた敵を見逃すのはあってはならないことだ。だがキングはそれが自分のミスからによるものだと思っているらしく、ドクターアレシアの治療があるから命の心配は無いというのに、目が覚めるまでの間ずっとそばにいたのだという。
メンバーを組んでいたシンクもぼろぼろと泣いていたという。死ぬはずがないのに。後で謝って、それから慰めてやらないと。幼い頃からの習慣でそうぼんやりと考えていると、医務室の天井が見え、それから、右手が暖かい。首を動かしそちらの方向を向くと、自分の手をエースの右手に重ねているキングの姿が目に入った。

「…エース」

見た目にはいつもと変わらぬように見えるが、違った。キングはあまり感情を表に出すということがないから、周りはそれに鋭くなる。
体を起き上がらせると、キングが気遣うが、腹部に敵の弾丸を食らったのに今ではもうほとんど痛みは感じない。傷はまだ塞ぎきってはいないのだろうが、流石はマザー。大丈夫だと伝えるために、笑ってみせるがキングは余計に眉に皺を寄せた。

――あ。またその顔。

まだ作戦に慣れていなかったころ、その時は本当にキングのミスでエースが負傷するという事があった。当時は今よりももっとひどいけがで、治すのにも時間がかかった。今のキングは、その時のような顔をしていたのだ。まるで自分自身を呪うかのような表情で。

「ほら、大丈夫だよ。もうそんなに痛みはないし」

重ねられた手を腹部に持っていき触らせようとすると、キングはそこに触ることは無く、そのままエースを抱き寄せた。傷を気遣ってか力が緩められていたが、そんなことはしなくてもいいのに。

「…すまなかった」

キングの声は自嘲に塗られていて、聴いている方が心臓を握られるような感覚だった。

「すまない」

二度目の謝罪の言葉で、エースは一気に力を込めてキングを引き離した。急に力を加えたものだから、傷が開いてしまわないだろうか。だが今はそんな事を気にすることはできなかった。

「……っ」

何か言葉を出したかったが、出せずに拳を握る。視界が滲む。エースの目に涙の幕が張っていることに気付いたキングは、それが自然なことだという風に当たり前にエースの目に口づけ、涙を舐めとる。そのままあやすように唇に口づけるが、予想外なことにぬるりとした感触がした。一瞬拒もうとしたが、するりと入り込まれ歯列をなぞられれば簡単に舌が侵入してきた。怯え気味だったエースもおずおずと応じ、自ら舌を絡ませる。

「ん……ふ、ぁ」

エースがキングの服をきゅっと握ったことで、キスから解放された。銀糸が互いの間を伝う。エースは惚け気味の頭を立て直し、呼吸を整えキングを見据えた。

「僕は、そんなに頼りないか」

確かに体格的にも精神的にもキングには敵わないかもしれない。でも。

「キングを守りたい。僕も」

そう言いキングの腕を引っ張り自らの体を寄せる。

「僕はそんなに脆くない。大丈夫」

そうしてエースもキングの背に腕を回す。もっと強く抱きしめたって、自分は壊れたりしない。キングの腕が徐々に自分を包み込み、抱きしめる。先程の壊れ物を扱うかのような触り方ではなく、存在を確かめるように強く強く。それに応えるようにエースもキングの背に回した腕に力を込めた。
その両手に背負うというなら自分は、そんな両手ごと掬い上げたい。



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