零式 | ナノ

 約束は守りましょう

9A




果たして今までこんなにも死にたいと思ったことがあっただろうか。いや、ない。
確かにこの手のゲームは運が重要だし、計算で勝つというのはいかさまをしていると言っているようなものだ。
しかし、しかしである。たとえ何があろうとも、そうフィニスが訪れようとも、目の前のバカに負けることだけはあってはならないことだった。
―――終わった。
そう机に項垂れ、まるで人生のすべてに絶望したかのように負のオーラを背負うのはエース。机の上にはトランプが広がっており、エースの向かい側には勝ち誇ったような笑みを浮かべたナイン。所謂ドヤ顔だ。
死にたい。いっそのこと今ここで自害してやろうか。たかがトランプに負けたごときでそこまでするのは些か大げさではないのかと思うが、大事なのはそのゲームの勝敗に付けたある特典。

「俺の勝ち。だよなぁ?」

くそ。運とはいえナインのバカに負けるなんて。負けたことにより多少自暴自棄になりかけているエース。暇つぶしから始まったトランプだが、いつの間にか、負けた方は勝った方の命令を何でもひとつ聞かなければならない。という今となってみれば何ともあほらしく、危険すぎる特典付きのゲームに発展していた。勿論カードゲームにおいてまさか自分が負けるなんて露ほども思ってなかったエースは、一つ返事でこの条件を了承したのだ。
そしてその結果がこれである。認めたくはないが現実だ。現実は受け止めなければ。わざとらしくナインにも聞こえるように溜息を長めに吐くと、突っ伏していた机から顔を上げ、目の前の得意満面な整った顔を睨めつけた。

「わかった。僕の負けだ。で?」

敗者は勝者の命令を何でもひとつ聞かなければならない。そんな都合のいい条件でこれまた都合よく勝ったナイン。一体どんな無理難題を言われるのか、半分諦めかけでナインの言葉を待った。

「んじゃあよー…。あ」

何か思いついたのか、不意に表情をにやつかせるナイン。嫌な予感。というかこのバカのことだ。どう転んでも自分に得なことなんて無いだろう。

「そういや、エースの方からキスってされたことねぇよな」

何を言い出すのだこの阿呆は。突如奇妙なことを言われ訝しげにナインを見ていると、次に言われた言葉。

「自分からキスしてみろよ」

前から言われていたものの、まさかここまでバカだったとは。そうかバカか、バカなのか。もはや言葉すら出ず、開いた口がふさがらない、という状況だった。しかしまさかこっち方面で来るとは思っていなかったため、正直どうしたものか。ナインは完璧優越感に浸っている。くそ。ここは覚悟を決めるか。しかし自分の無駄に高い自尊心がそれを妨げる。

「…一回だけだからな」

「おういいぜ」

無駄に一つのことに対する執着心が強いナインだけに、誤魔化すということはできなさそうだ。一回だけ、命令だから仕方なくだ。机から身を乗り出し、ナインに顔を近づける。段々近づくにつれ、どれだけ平静を取り繕おうとも心臓の鼓動は五月蠅くなるばかりで。
ナインの言った通り、自分からナインにキスをしたことなど無い。だからじぶんからこういったことをしようとするのが何だか酷く気恥ずかしく感じられ、自分がとても浅ましいのではないかと思ってしまい、思考がぐるぐるする。
両者の唇が触れるか触れないかの微妙な距離。机に付いた拳を握りしめ、今度こそ覚悟を決め、ナインのかさつき気味の唇に自身のそれを押し付けた。ふにゅりとしたやら柔らかい感触。いつもナインの方からされることの多いそれに、ぎこちないながらも軽く押しつけたりしてから離す。恥ずい。恥ず過ぎる。
これ以上その距離に耐えられなくなり離れようとするが、それは腰に伸ばされた手によって抑えられ、意味を成さなかった。一度離れかけた距離が再び縮まり、エースは驚愕に目を見開いた。

「っこれでいいだろ」

手を退けようと腕を掴むものの、圧倒的な力の差によりそれは叶わない。何だか悔しい。

「足りねぇな」

双眸をぎらつかせ、まるで野生の獣のようなナイン。まずい、変なスイッチを入れてしまったか。

「調子に、…乗るなっ」

「ぐふっ」

密着しかけの状態で寧ろよかったのかもしれない。咄嗟にナインの鳩尾に一発入れたエース。非力ながらも急所を的確に狙うあたり恐ろしい。なんとか戦意喪失させられたらしく、低く呻くナインを見下ろしながら、宥めるように頭を抱きしめるエース。


命令は一つだけ、それ以外は実力で何とかしなさい。






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夜影様リクエストの9Aです
普段カードゲームとか頭使ったりするのボロ負けするのにたまに神がかった幸運でまぐれで笑勝つナインとか好きです^o^
9Aはエースが上手くナインの手綱引いてるみたいな感じが私の中でベースになりつつある^^^^
夜影様、リクエスト有難うございましたー!



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