シュトーレンは自分の身に起こったことを鮮明に覚えているわけがなかった。息がまだ微かにあっただけでも奇跡なのだから。立て続けに踏まれた時は消えていきそうな意識の中でも今までに感じたことのない激痛が全てを支配した。しかし、声が出なかったのはあの一撃はきっと肺すらまとめて貫いていたのかもしれない。

いずれにせよ、普通の人なら確実に即死の傷を負っているにも関わらずほんの一瞬で完全復活したのだ。
「俺このまま死ぬかと思ってた…やべぇ、俺不死身だ!」
死んではいない。死の淵をさ迷っていたのだが。
「死んでたわよ!!」
アリスもまだ悼み悲しみの涙を流す前に、まさか生き返るとは思ってなかったので余ってしまったやり場のない怒りをぶつけた。何度も言うがシュトーレンは死んではいない。
「普通なら死んでおったがなんという生命力じゃ…こんなのふぁぶえっくしょい!」
意味深に独り言を口にするスチェイムは豪快なくしゃみで台無しにした。頬から下を隠した布が舞ったがしっかりと口紅も塗った女性の顔である。
「あ…スチェイムばあさんもしかして…。」
「ばあさんじゃないっくしょん!!…げほっ…へっ、へぐしゅんッ!げほげほっ、くしゅん!!」
スネイキーは、同情より「またか」という呆れた目で背中を丸めくしゃみと咳に咽ぶスチェイムを見下ろしていた。
「りーらぁーなにいってるかわからないでつ。」
「ぉえ、げほっげほっ…お前は普段から何を言ってるかさっぱりじゃ…えっぐしょい!!」
ハーミーはへらーっと呑気な笑顔で突っ立っていた。これはおそらく急な状況変化に脳が対応できていない、つまりただのバカのようだ。確かに、舌足らずなしゃべり方で時折聞きづらい。
「う、うぉまくしゃべれないんだもー!人の言葉苦手ー!」
むきになって反論するあたり、狙った言葉遣いではないと伺える。にしても、誰も手を差し伸べようとはしない。連れが起こしたことだとしても仲間を助けてくれたには変わりない。アリスはいまだ咳き込む彼女を介抱しようとした時だった。
「わーい!生き返ったぞー!!」
一度死んでからの蘇生を成したと本気で思い込んでいるシュトーレンが嬉しいあまりアリスに抱きついた。
「わああ!?ちょっとええ!?」
驚くのも束の間。
「あ、そのまま倒れたら…。」
スネイキーが止める間もなく、そのまま二人は倒れたが地に体はつかづ吸収されるように軽く消えた。悲鳴すら聞こえない。完全に二人は消えた。

「あーあ…見事にはまっちゃったな。」
すっかり肩を落とすスネイキーの胸ぐらをハーミーが掴む。特にそこまで起こってはいないみたいだが。
「おまぇー!またいらんとこに穴ほったなー!」
だが物動じたりしない。
「トラップつきの落とし穴だよ。落ちたら森の外まで転送する番人いらずの優れものなんだけど。」
素っ気なく顔を反らした。今頃アリス達は名無しの森の外へ強制的に瞬間移動させられ見知らぬ土地に着いた所だろう。
「おい…もう少し話したかったのだが、げほっ…あの鍵のことだって。」
膝に手をつきようやく背筋を伸ばしたスチェイムの顔には汗が滲んでいた。ハーミーが彼を突き放す。
「そうらお!うまくいけばあの鍵で「魔王様」も復活できたかもしれないのに!」
スネイキーが服のポケットから取り出したのは例の紙と、アリス達が今まで片時も話さず持っていた自由の鍵だった。

「お、お主…なぜそれを…!」
穴の方を一瞥し、覇気の無い気怠げな目がこちらを間の抜けた顔で見つめる二人を映した。
「本物そっくりのレプリカと<不思議な力で>すり替えただけ。メインディッシュ逃した分のお詫びね。」
ハーミーに投げ渡し、受け取っては本物の放つ輝きに恍惚としていた。
「ほ、ほんもの…ほんものだ…!」
いたって冷静なスチェイムは煙草を燻らせている。

「詩も鍵も揃った。魔王様もだが、「あの子」はさぞ退屈だったろうな。早く解放してやらねば…。」

その時、暗闇に覆われた空間が揺れ、鳥の鳴き声と獣の咆哮が轟いた。



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