全ての事が終わり、チェシャ猫は呑気に大あくびをして立ったまま尻尾の毛繕いをしだした。
「ね、ねござん〜…なんで生きてるの〜…ぐずっ…。」
その言い方だとまるで生きてて悪いみたいだがチェシャ猫もしっかりと覚えていたし、アリスがなぜ涙するのかもちゃんとわかっていた。シュトーレンは横で泣きじゃくる少女を前にどうしていいかとおどおどしていたが。
「なんでだろうね、アリス。でもそれは嬉し涙として受け取っていーんだよね?」
綺麗に毛先の整った尻尾が揺れる。
「うん…っ。嬉しい…会えるなんて…あのっ、ごめんなさい…。」
嗚咽混じりの声では伝えたいことの半分しか伝わらない。だがチェシャ猫は確かに受け取った。
「猫も嬉しい。謝られる意味がわからないんだけど…。」
「こいつと会ってそンな嬉しいか?」
彼がとうにいない世界で自分とチェシャ猫がどんな数奇な運命に翻弄され物語の最後に悲惨な最期を見たなど知るはずもなく、そんな言葉が出るのは仕方のないこと。
一度「死」を目の当たりにすればきっと誰もがああなり、こうなるのだろう。

「まあいいや!ほら!ハグしようぜ。久しぶりの仲間にはこうやってハグしてって聞いたことが…。」
ばっと手を広げるシュトーレン。誰もその胸には飛び込んでこない。
「遠慮しとく。それにまだ猫と遊びたがってるのがいるからほっとけなくてさ。」
ずっと背中を向けたままなのは、まだ残っているからだ。黄色い瞳孔が真っ直ぐ見据えた。

「チッ…多勢に無勢か。やけど、戦えそうなのはせいぜい二匹か、ウチ戦うキャラやないねんけど。」
後ろで様子を眺めていたフェールが残り、彼もまた次なる策へ思考を練る。チェシャ猫は見ての通り、あとは消去法でシュトーレンが向こう側の戦力になると考えた。
「逃げたところでなんになる?きっとあいつらは「地下帝国」の封印を解いてまう…しまいには殺される!!」
この国の事さえさっぱりのチェシャ猫も他の三人も何を呟いているか理解できなかった。自由の鍵については一番詳しそうであるが聞かない。いくら鍵に秘められし力を語られようが、ただの「危ない鍵」には変わらないからだ。
「こっちは飛べる、それだけでええ。着実に戦える奴から潰す!」
フェールはこの孤立無援においても尚あの鍵を奪おうと目論んでいるようだ。そんなことなどチェシャ猫にとっては知るよしもなく、興味すらない。
「飛んだら遊べないじゃん。」
にっと笑ったチェシャ猫は、空間のなかに靄となって姿を消した。いくら飛べたところで標的が消えては話にならない。フェールは苛立ちを露にする。
「消えおった!?遊びやない!出てこんかい!!なめとったらあかんぞ!!」
少し怒りで冷静を失いかけていたが次また現れたときにはどのような攻撃を仕掛けようかと何種類か頭に入れながら、辺りを忙しなく見渡す。
「あ。」
「あらら。」
シュトーレンとアリスが間抜けな声を揃える。無理もない。
「あっ………え?」
フェールの動きがぴたりと止まる。その背後、気配もなく再び現れた神出鬼没のチェシャ猫は一枚の薄い羽を「両手に持って」舐めていた。
「なめとったことなかったので取って舐めてる…あ、逆だったね。てか味ないね。」
振り向いたフェールの顔ほ戦意喪失しきっている。視線を下げる。下げて、下げて、下げてみると…あるはずのものがなかった。

「は、羽がなくなっとる…!!!」
背中から生えていた羽が根本から一瞬のうちにもぎ取られていた。しかも片方だけ。両方ちぎってしまわない所にチェシャ猫が明らかに弱体化を狙ったのではなく単に遊び心で行動に出たのが伺える。
「うあああ最近やっと生え変わったばかりやのに!あんまりや!一枚だけでどう飛ぶん…。はっ…飛ばれへん…。」
つい口走ってしまったが、羽一枚だけで飛ぶ生き物などいない。

「飛べてからこそのウチの戦略がパアやで…えっ、えー…一枚ってまた…。」
どうこうぼやいてる間にチェシャ猫は羽を真っ二つに追って足元へ放り捨てれば一歩、また一歩と詰め寄る。舌なめずりして今度は自分が標的にされている状況。勝機はすっかり絶たれ正気ではいられそうにない!
「アリス、みんな。猫は…いいオモチャを見つけたから遊んでいい?」
「俺と遊ぶんちゃうんかい!俺で遊ぶことになっとるし!!」
不利になった方に「一緒に遊ぶ」権利すらないのは非常に憐れだ。にしてもふられたアリスは返答に困った。
「…えーっと…。」
シュトーレンの方を見て助け船を求める。
「どうしたんだ?アリス…まざりたいならまざってこいよ!」
鈍感な彼からは何も得られなかった。
「いいんじゃない?こっちも好き放題弄ばれたし、いい気味だよ。」
少年が毒づく。言われてみたらその通りだ。異論はない。






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