ナイフも自身も血に染まる悲惨なことにはならず、生きてる異形の咆哮と死にゆくものの断末魔が森を震わせた。人と同じ構造をしているなら今の一撃で間違いなく即死であり、化け物はぐらりと前に大きな体を傾かせた。
「よっ、と。」
すぐにもこちらに向かって距離を詰めてくる。チェシャ猫は更に化け物の脳天から飛びかかり、両手で振りかぶるナイフをまたも額目掛けて一刺しした。しかしこれは狙ったわけではなく、たまたま刺そうとした所に額があっただけでこれでとどめまでさせという実感はない。重みで一緒に倒れたが素早くチェシャ猫が身をおこし、頭上の彼を殴り飛ばそうとはるか上で空振りする化け物の股をすり抜けた。
「すっとろいにゃ〜。」
長い袖に隠したナイフに二本投げられ、両足に見事的中。身軽さは体格の差にも影響されるらしい、全身がこちらを向くまでにはまた何かしらの攻撃を仕掛けることが出来るだろうにチェシャはわざと待った。

「速さでは勝てんやろ…せやかて力では圧倒的に潰されるはず…。」
分析するフェールは確信した。化け物の一振りをまともに喰らったものなら木の葉のようにチェシャ猫は吹っ飛んでしまう。
「チェシャ猫避けろ!」
シュトーレンの言葉も聞いちゃいなかった。いかに豪胆で無謀に見えたことか!化け物は容赦なく真横から殴る。

だが皆はお気付きだろうか。

彼はそもそも、避ける必要がないのだ。

「ハハハ!今ごろびびっても遅いんや!!」
裏切り者の高笑いもなんのその。拳は、チェシャ猫の体をすり抜けて空に弧を描いた。

「…は?」
と口をぽかんと開けるフェールとアリスの腕を強く抱き締める少年は叫ぶ。
「幽霊だあああああああ!!!!!」
「え!?マジで…ちゃんと土に埋めたで!?」
意外とフェールが律儀でマメな性格だと判明したところでこの森の不気味さも増した。
「復活したばかりで勝手に殺さないでくれるかな?」
幽霊呼ばわりされたチェシャ猫がうっすら苦笑いを浮かべる。アリスとシュトーレンは逆に安堵の表情だ。それどころかアリスは、いつも笑っている彼に微妙な変化を感じた。

油断は大敵、倍の力で腕が戻ってくる。チェシャ猫が地面を蹴り瞬く間に詰めより一回体を捻り片足を軸に回る。そう、力が加わっていく方向に遠心力を利用して空いている足に強烈な蹴りを入れるためだ。チェシャ猫の一撃が化け物の巨体のバランスを崩した。

地響きのような音が鳴ったあと、まだ生き残っていた化け物がこちらへ近寄るが計算外にも倒れている化け物につまづき折り重なったところを足から抜いたナイフで後頭部を刺した。
「……やったー、かにゃん?」
しばし待ってみてもびくともしない。どうやらやったようだ。かくしてチェシャ猫のごっこ遊戯ははやくも幕を閉じた。

「やっ…やったあああああ!!!」
シュトーレンのたったひとりの歓喜の声が沸き上がる。少年は喜びたいものの目の前で起きていることが把握しきれず物事を明確にするまでは喜びを共有することができなかった。
「やったぜ!アリス!すげえかっこいい!」
一方、同じように仲間との再会を兼ねて抱きついたりでもするのかと思いきや、アリスは大粒の涙を溢して立ち尽くしていた。







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