「………………。」


視界は暗い。当然だ。体に何も触れてこない。これはおかしい。今頃なら少なくともまとまに立ってはいないはずだ。寸止めしているとも考えにくいが怖くてとても目が開かない。息づかいの音でさえ漏れるたびに不安がぐっと押し寄せる。

「な、ど…どうしたんや?」

向こうから聞こえる弱々しいフェールの声。先程の威勢は何処へ行ったのだろう。こうしている間にも襲いかかってくる気配がない。何が起こってるのか、目をつむっていてはさっぱりだ。
「すげえ…どこから飛んできたンだ…?」
「僕らのほかに誰かいるっていうの?」
近くではシュトーレンと少年がひそひそと話しているのがしっかり耳に入った。明らかにおかしい内容だが、仲間の無事は確認できてなによりである。
「なに?なんなの?」
籠った声で呟くアリス。自分の目で確かめるより他がなかったと悟り始めた最中だった。


「にゃにゃーんと久しぶりだね、世界。」

アリスは耳を疑った。ここにいる誰でもない声、そしてひどく懐かしく、もう二度と聞くことのないと思っていた声。信じられなくて思わずアリスは無意識に瞼を開いた。

「なんやお前は!いつからそこにいた!?」
フェールは戦慄に歪んだ形相で上擦った声をあげる。異形の化け物の頭の真ん中にはデザートナイフが深く刺さっていた。さすがにそれでは大したダメージは与えられないみたいだ。びくともしない。
「ほんとだよ!てか久しぶりだな!」
シュトーレンの嬉しそうな声。
「突然現れたけど…。」
少年の混乱気味の声。

「…ウソ…でしょ?貴方は…チェシャ猫さ…ん?」
か細く震える声でアリスは名前を口にした。それに応え、チェシャ猫と呼ばれた猫の耳と尻尾を生やした少年はくだけた笑みで振り向いてみせた。
「そーだよ。猫はチェシャ猫だよ。また会えたね…アリス。」
「誰か知らんけどそっちの味方なら数も公平、遠慮はなしや!殺れ!!」
フェールの怒号とも近い命令と共に異形は皆一斉に動き出した。

「公平?君達の遊び相手は僕だよ!」
そう言ったチェシャ猫は腕を頭の後ろで組み、尻尾をゆらゆらと動かしながら無邪気な笑みを満面に浮かべた。闘志どころか言葉通り彼は目の前の化け物を相手に遊ぶ気満々だった。勿論、チェシャ猫の意思などしったことではない。命令に従って動くのみの化け物は静かなる殺意を秘めて襲ってきた。
「チェシャ猫さん!!」
アリスの必死な叫びに振り向くことなく返した。
「猫さんでいいよ。それでも僕が僕だってわかるから。」
二人の会話を遮るかと、異形の岩のごとし拳は細身の体をめがけて殴りかかる。それをチェシャ猫は身丈ほどのジャンプで飛んであっさりとかわし、あろうことか手の甲に軽々と乗ってそこから四足歩行で太い腕を駆けて次の攻撃を繰り出そうと思考していた化け物に頭突きを食らわしたのだ。ナイフの刃の部分を全て飲み込む。そのナイフを抜き、今度は喉元をかっ切った。








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