アリスが彼に言った。
「でも吸血鬼が日の光を浴びたら死ぬってガセ説が多いんですって。」
追い討ちをかけるつもりはなかった。フェールは明らかに「だから?」といわんばかりの白けた顔で見下ろしている。蚊だもの。
「そないな使えん雑学どないでもええわ。…ちなみに言うなら、蚊が血を吸うのはメスだけなんやで。」
「そうなの?じゃあメスだけ叩き潰さなくちゃいけないわね!」
気持ちいいほどに清々しい笑顔でそう返すアリスにフェールの顔はひきつる。
「へっ、あほらし。どうせ近くを飛んどるだけでオスメス関係なく殺すんやろ。」
今度はアリスがぎこちなくひきつった。
「そんな皮肉にならなくてもいいんじゃあ…。」
「ま!フェール様にゃ関係ない話やけどな!」
そう笑顔で返すあたり、彼は竹を割ったようなドライな性格なのかもしれない。

それはそうと、先程からひとつ大きくおかしなところがある。そこを今度はシュトーレンが逃さなかった。きっと誰もが気付いていただろうが。
「てか、なんでお前は名乗れるんや!?」
シュトーレンが指差して問う。なぜか口調が彼に伝染していた。
「ワイはここの名無しの森の番人やからな。そこは特権ゆうやつや。」
アリスの後ろに隠れていた少年が怪訝に眉を寄せた顔で睨む。
「蚊のくせに番人だってよ、ムカつく…。」
いくら愛嬌のある声でも理不尽な呪詛を呟かれたら怒りを買ってしまうわけだ。
「おのれこのクソガキ…調子こいとったらいてまうぞ…。」
同じぐらいの低いトーンとドスをきかせた声に少年は「こわっ!」と言ってまたまた姿を引っ込めた。
「名無しの森…?」
そこでアリスの質問に待ってましたとばかりの爽やかな笑みに切り替える。
「そう、名無しの森!ここに来た奴は自分や他人の名前を忘れてまう。相対の国にとったら呪いの森みたいなもんやから滅多なことでは人なんかこおへんのやけど…。」
一人一人を順番に見つめてから続けた。

「そこのガキも含めてあんたら、よそ者やな。」
アリスとシュトーレンが少年の方を見る。
「あなた、そうなの?」
「知るかよそんなの。」
やや動揺し声が上ずったが悪態は変わらない。
「いかにも迷ってます感出してるやんか。お前らも、お前らの中のお前らもや。ふらふらしとる。」
思わず「あなたはふわふわしてるわね!」と茶化そうとした口をアリスはぐっとおさえた。
「んーまあ…迷子ならしゃあないわな。自分の運命を呪って誰にも名前を呼ばれぬまま過ごしてください、ほな。」
そう言うとフェールは腰を宙に浮かせくるりと背中を向けた(羽の生えている背中部分の服が綺麗に切り取られていた)。
「ま、待って!!」
慌てて飛び去ろうとする彼を呼び止めるアリスの声は大きく早口で、すぐに止まり振り向いたフェールの表情は口に出さずとも「めんどくさい」と言っているように見えた。
「なんやねんなもぉー…。」
「私達ずっとこんな所にいるわけにはいかないんです!どうか、森の外へ案内してはいただけないでしょうか?」
すかさずアリスら、胸に片手を添えて一歩前へ踏み出し乞うような眼差しで真っ直ぐ見上げ、出来るだけ丁寧な口調で助けを求めた。残念、少しの言い方が彼の機嫌を損ねてしまった。
「こんな所ってなんやこんな所って。陰気なとこやけど平和やでー。」
しかし、彼女はそんな冗談に付き合ってあげるほどの余裕など無かった。
「お願いします!私達のいるべき場所はここではないんです!」
シュトーレンも後に続いた。
「頼む!お前はここの番人なんだろ?助けてくれよ!」
二人の必死の訴えが届いたのか、フェールは体ごと振り返るもどこか難しい表情だ。
「迷ったのは自業自得やろ。それに俺はあくまで番人で案内人やないねん。あんたらを外に出してやる義務はないの。」






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