アリスはかつて、人の言葉を話す不死鳥に出会った。相対の国では植物も話すことが出来る。それはそうと、人間はまず「飛ぶ」生き物ではない。同じ人間がここに二人(と一応もうひとり)いるわけだが、重力に忠実な体は飛んでもすぐに足が地に着くわけで、つまりはこれこそ有り得ないのだ。

「なんや、皆して鳩がなんとか喰らったみたいな顔して…。」
独特の口調で話す青年はシュトーレンと同じぐらいの10代後半と見える。眠そうな瞳に肩につくぐらいの直毛が気怠い印象を与える。右頬にはアリスがいつ頃か音楽の教科書で見た記憶があるマークのようなものがある。白いブラウスにジャケット、カーゴパンツやサンダル等、服装はいたってカジュアルで、森ででくわした少年より断然こちらの方が場所にあった格好をしていた。よく見ると、薄い羽みたいなものも覗いている。

「人間が空を飛んでるわ!!」
ひたすら驚愕に目を丸くするアリス。
「かっこいい…!」
たちまち好奇に目を輝かせるシュトーレン。
「…………。」
人見知りを発動させてアリスの後ろにそっと隠れる少年。各々の反応がさぞ面白かったのか呆れた顔が弛む。
「散々貶されてきたのが同じ体手に入れるだけでこうもちゃうとはおかしな話や。さて…。」
青年が上から一通り面々を見下ろし、眼中に止まったのはアリスだった。視線が合ったアリスは警戒した。
「久しぶりに誰か迷ってきたにしちゃあ上物やわ…うん、やっぱ若い娘の方がええもんな。」
出会い頭に何を言われるかと思いきや、まさかのナンパである(とはいえナンパさえ無縁の彼女にとっては不安を煽る言葉に過ぎなかった)。だが今は味方もいる。アリスは毅然とした態度をとった。
「あなたはさっきから何を仰ってるの?」
それに青年は更に小馬鹿にして笑う。
「何を仰ってるの?やって!こりゃあ男慣れしてへん金持ちの御嬢様やな!生娘の血は美味やで!」
「…血?」
一人浮かれる青年の言葉に引っ掛かった。
「せや。美味そうな処女の血はご馳走やってのはウチでもわかる気ぃするわ。」
うんうんと頷く仕種の彼にアリスの確信が予感を働かせる。
「あなた、人間じゃあないわね…その上血を好んで空を飛ぶ…!」
その輝きを放つ瞳はさながら謎を解き明かした名探偵のよう。犯人でもない青年は微動だにしない。
「あ?察してもた?そうそうウチはー。」
「浄化しろ!!!」
彼がまだ先を言おうとしたとき、アリスが足謎の掛け声と共に、を踏ん張り両手の人差し指で十字の形を作り顔の前へ突き出した!
「おんぎゃあああやられたあああぁ…って、なんでやねえええん!!!」
腕で顔を庇い後ろに体を軽く反る…も、すぐに体勢を戻して漫才師も顔負けのノリツッコミを見せた。これにはアリスも驚きを隠せない。他の二人も彼の気持ちいいほどのノリの良さに感心を覚えた。
「あれ…?死なない?」
「まだ襲ってもないのに殺そうとすんなや!」
彼女の呟きにまたまた鋭いツッコミが炸裂した。
「第一、ワイが吸血鬼やったとしたら今のかんかん照りのお日様浴びてとうに死んどるわ!てか、ちゃうし!おまえの中の吸血鬼はこんなしょぼい羽持っとるんか!?」
ただ黙ってアリスは首を横に振る。少なくとも、軟派な人物像は払拭された。
「せやろ?この羽ウチもあんま好きやないねん…ちゃうちゃう。ウチは吸血鬼なんかよりももっと身近な、蚊や。名前はフェール、今だけ覚えといて。」
フェールは蚊といわれたら納得できる薄く長い羽を背中にくっつけ、近くの枝に腰をかけた。




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