新聞紙柄のスーツの紳士がまた声をかける。
「お嬢ちゃん達はよその国から来たのだろう?」
シュトーレンがうんうんと頷く。アリスはどちらかといえば異世界から来たと説明した方が正しい。だが深入りされるとそれこそ説明のしようがないため、淘汰の国の住人の括りに入れるしかなかった(この国で聞かれる度にそう答えざるを得ないことになった)。
「お隣の国から来ました。ここを訪れるのは初めてです。」
紳士が「そうかそうか!」と一人相槌をした後、やや身を乗り出して訊ねた。
「ならよその者から見て私の服はどう見える!?」
「…………。」
アリスの丸い目が右へ上へ泳ぐ。この場合はいかに相手の機嫌を損ねずに切り抜けられる感想を考えるべきと彼女の思考が強制する。他人とは言えど、何時間かを共に過ごすかもしれないのに下手なことで溝を作り、気まずい列車旅にしたくはない。
「文字ばっかで目がチカむぐっ!?」
そのためにはまず隣のバカを黙らせることだ。シュトーレンの口を手で塞ぎ愛想笑いをした。
「文字の並んだ物を身につけている…知的さと高尚なセンスが滲み出た素敵なお洋服だと思うわ。」
ダメ元でおだててみると、紳士は真に受けたいそう顔を綻ばせて喜んでいた。
「やはりわかる人にはわかるのだ! 」
残念ながら彼のセンスはアリスにもさっぱり理解できなかった。手を離す。シュトーレンがふてくされてそっぽを向いた。
「隣の国とはどこだね。」
有頂天に浸ってる紳士を無視して甲冑の青年が話しかけてきた。
「淘汰の国です。」
すると兜の中からくぐもった溜め息が聞こえた。
「そっちか…僕はてっきり酩酊の国のことかと…。」
聞いたことのない名前に二人の興味が一気に沸いた。
「酩酊の国?」
「めいていって何だ!?」
真ん中の老人が嗄れた声でボソボソ呟く。
「酩酊とは…酒に酔うことじゃ…。」
丁寧に説明してくれたのだ。対してシュトーレンは
「お酒なんか飲んだことねーぞ…。」
と、耳と一緒にしょぼくれた。
「酒の湧く泉があるんだよ。だから酩酊の国。僕は色々あって「名前を失った」からここで新しい名前を貰いに来てたわけさ。」
自嘲気味に話す青年。紳士は鼻で笑った。
「ふん。名前がなにより大事なこの国でよく無事でいられたな。ここではお縄ものだぞ。」
老人も口をはさんだ。
「名前は…金にも替えがたいものじゃ…。余所者なら…命名税はかからんじゃろ。」
会話にいつしか置いていかれた二人はただ知らない単語の並ぶたわいのない話を聞くしかなかった。
「あ、あの!」
いてもたってもいられなくなったアリスが割り込んだ。三人が皆彼女に視線を向ける。
「夜行列車なのになんでベッドがないんですか…?」
「おかしなことを言う!」
青年が笑い声含んだ声で言った。兜の中だと声も響くだろうに。
「どういうこと?」
普通に聞いただけを明らかにバカにされたような気がしたアリスは頬を膨らませる。それに紳士は紳士らしくフォローをするどころか畳み掛けて彼女を笑った。
「列車にベッドなど必要あるのかね?」
「あったに越したことはないがのう…。」
老人だけが味方をしてくれた。しかし、答えにはなっていない。だがここまでバカにされるとは思ってなかったのでこれ以上聞く気が起こらなくなった。

「それでは長らくお待たせしました。夜行列車R8215まもなく発車いたします。」
2番が必死にきぐるみの頭部の隙間に何かを握ってる手を入れると、ホイッスルの音がかぶりもの越しに車内にうるさく響き渡った。







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