一騒動の後、運転席からさっき聞いたばかりの声が不適な笑い声とともに話しかけてくる。
「もう一人の「私」がお恥ずかしい所をお見せしてしまい誠に申し訳ございません…恥ずかしいのはこちらですが…ククク…。」
「もう一人の私って?」
アリスが声に漏らすとひょっこり顔を覗かせる。同じ制服に、頭には紙袋をかぶっていた。
「ええ。夜行列車は沢山の私が運行しております。顔を見ていただけたら納得してもらえるとは思いますが、そしたらこの列車は止まりっぱなし…ククク…。」
笑うたびに紙袋がかさかさと動く。
「…あなたが沢山いるってことかしら?いまいち、言っている意味がわからないの。」
ため息混じりに彼女が聞いた。
「マトリョーシカみたいなものと思っていただけたら…ブフォッ。」
車掌は一人で勝手にツボにはまっている。言われた通り入れ子人形に当てはめながら想像してみるも、その原理だと増えるにつれて段々小さくなっていってしまう。想像以上に面白い絵が浮かびアリスも声に出して笑ってしまった。
「あはは!やだ、ちっちゃくなっていくじゃないの!」
マトリョーシカ自体知らないシュトーレンは二人のやり取りをそばで眺めるしかなかった。

「大人は皆心に小さき頃の自分を宿している者!」
と声を大にして言い張りながらこちらへ向かって通路を優雅に歩いてくるのは先程、仕事放棄したはずの車掌だった。頭にはウサギの着ぐるみの頭部をかぶっていた。ガスマスクとはまた違う不気味さを醸し出していたが乗客は誰も知らん顔だ。

「おやおや…その頭はどうしたんだい?」
紙袋をかぶった車掌の問いに嬉々として受け答えた。
「大人の事情と称して奪ってきました!」
こんな大人げない大人の事情があるのだろうか。誠実な仕事人のイメージがアリスの中で徐々に薄れ始めてきている。
「あとマトリョーシカは違いますよ。我々はさながら合わせ鏡のようなものだとお考え下さいませ。」
着ぐる頭の車掌がそう説明してもアリスでさえ、「合わせ鏡」の意味がわからなかった。
「あ、アリス…合わせ鏡というのは…。」
「センパイ!まだ私とのポッキーゲームは延期ですか!」
ご親切にエヴェリンが説明しようとしてくれたところを女の子に邪魔される。大変仲睦まじい様子なのでこちら側も邪魔をしたくなかった。
「なあ、アリス。」
シュトーレンが何かを質問してくるのもお馴染みになってきたが、このタイミングで一体何を聞くことがあるのかとアリスは怪訝な顔で彼の方を振り返る。
「あれが友達ってやつか?」
「………多分、そうね。」
苦笑いで受け流すしかなかった。着ぐるみ頭の車掌がすっと間に入る。
「 そうそう、忘れておりました。私の名前はシャルルリヒターと申します。あちらは8番、私は2番とお呼び下さい。」
運転席から覗く頭が軽く会釈をする。
「名前までみんな同じなのね!でもそれじゃあ意味がないんじゃない?」
2番が右足を軸にくるりと回って、右手を前に丁寧なお辞儀をする。なにかと期待をしてみたが、2番はまた向こうに行ってしまった。はぐらかされたな、とアリスの子供ばなれした思考が察した。
「お嬢ちゃん!」
目の前から声がする。向かいに座っていた客のことをすっかり忘れていたがこれもまた変わった面々が揃っている。右から新聞紙柄のスーツを着た中年男性。真ん中はとびっきり小柄な老人で全身を覆ったマントからシワでいっぱいの顔と長く白い髪と髭が覗く。見ると足が下まで届いていない。通路側には洋館に飾ってありそうな銀に輝く甲冑を身に纏っている青年。
「…………。」
改めて見たらすごく奇抜で、なぜ今まで触れなかったのだろうと疑問に思ったぐらいだ。








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