「お前に力を貸したとはいえ、造作もない。」
「あなた落ちて死ぬわよ!?」
彼の言動があまりにも突飛なものだからアリスは疑うことしかできない。必死の形相で彼に詰め寄る。なんとか思い止ま ってもらおうとするもハーティーは聞く耳を持たない。むしろこれほど自身の可能性を否定されて腹のひとつもたてていいのにそれすらもない様子。
「だから落ちんよ。」
しかし今のアリスは「自分一人でこの場でどうしたらいいか」ということばかり考えている。だからといって今から死ににいく準備をしている人物を放ってはおけない。
「ね、ねえ…やっぱり私こんなわけわからない所で一人にされるのは嫌だわ。あなたが死ぬのも嫌だし嫌なことだらけよ。だから…。」
不安げな顔を露に彼の腕を両手で掴む。
「えーいしつこいのう!」
が、ハーティーはさすがにしびれを切らした。掴まれた腕を力一杯手前に引いて無理矢理ほどく。さほど強い力で握ってなかった彼女の手は簡単に離れた。そして胸ぐらを目掛けて突き飛ばした。
「きゃっ!?」
いとも容易く地面に尻餅をつく。
「あっ…すまない…だが、ワシは落ちないしこんな所で死なない!」
「それってフラグだわ!ハーティーさん!」
アリスはなんとか制止しようと立ち上がりかけたが彼はすでに助走をつけ、足を大股に全力疾走していった。

ただがむしゃらに、一歩一歩を全力で走る。
「うおおおおおぉぉぉおおおお!!」
アリスはこのような光景を何度か見たことがある。といっても元いた世界の出来事。何ら変わったことではない。かけっことか、運動会とやらではよく見る光景。とはいえ今更脳裏に甦っても困る。今彼の走るその先にゴールはない。あるとするならその先には人生の終わりで…。

彼は地を蹴る。地面のない空中をまるで駆けるように、ひたすら前へ進もうと足を動かす。
「………!!」
見ていられないとアリスはおもわず顔を逸らした。
音沙汰ない。無事着地したのか、目を向けないとわからない!
しかし、そうでないとしたら。
「…ここから落ちたとして…うん。きっと見えないところまで落ちてるに決まってるわ。」
彼の最後を、想像するような無惨な姿ではさすがに見たくない。まずは恐る恐る視線を戻す。


「おーい!アリスーーー!!」

本来聞こえるはずのない声がアリスの名を呼んだ。
「…!?」
否、一番聞きたかった声がアリスの名を呼んだ。そして向こうの崖には両手を大きく振って自信に満ちた顔(までははっきり見えないが)のハーティーがいた。
「アーーリーースーー!!!!!」
あれほど自分は落ちないと豪語しておきながらいざ成功するとさも大層なことをやってのけた顔をしているのだから安堵を通り越して呆れてくる。
「はぁ…ハーティーさん…とりあえず…良かった…。」
緊張しきった表情も綻ぶ。
「アリスー!何をぼさっとしとるか!!はよこんかー!!!」
ほっとしたのも刹那。彼の言葉の意味を理解するのに少しの時間が必要だった。
「………いやいやいや、無理無理無理…だって、その、ほら…無理でしょ!?」
何か言い訳になるような理屈を考えてみても、崖から下を見下ろして直感的に無理だと悟った。覗いたが最後、怖じけずいてしまい顔からすっかり血の気が引いたアリスはゆっくりと後ずさる。
「怖がることはない!ワシが飛べたのじゃ!」
一体何の根拠があってそんなことが言えるのか。首を横に強く振るアリスに更に続ける。
「…安心しろー!!万が一落ちても死なない!!思い出してみろ!「落ちて死んだ」ことはあるか!?」
「死んだら今ここにいないわよ!!!」
すかさずアリスが返した。確かにその通り、今はハーティーの聞き方が悪かったのかもしれないがよくよく記憶の糸を手繰っていくと、高い所から落ちて軽い傷で済んでは少しすると普通に歩いていたような気がした。勿論、元いた世界の自分は除いての話である。

淘汰の国ではそれこそ、空から落ちたこともあった。最初のあの穴は、深さとかそういった次元を軽く越してるが。
しかしあれらはすべて予期せぬ突然の出来事だらかであって。いざ自分から落ちろと言われたらさすがのアリスも「なら大丈夫」とはならない。
「…でも…これは…。」
もう一度覗きこんでみるが考えは変わらなかった。何度も同じ動作を繰り返すアリスにハーティーは見兼ねた。
「お前!落ちることを前提に考えてるだろう!」
小声でアリスは呟く。
「…そりゃ、落ちてもとか言われるとね。」
続いて深いため息をついた。小言は聞こえないだろうが、彼女がどういった仕草をしているかは遠くから見える。
「落ちても死なないとは言ったが落ちてもらってはお前もワシも困る!!ここに着地するつもりでこい!!」
困るといえばそうだ。アリスも落ちたところで一人どうすればいいのやら。
「吹っ切れろ!開き直れ!なんならほら!ワシが受け止めてやる!」
アリスには彼が必死で何かを喚いてるようにしか聞こえなかった。





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