そう…アリス自身が倒した一本の樹だ。
「ね、ねえ。私ひらめいちゃった!ほら…この樹を丸太がわりに…いや、橋がわりに使えない?崖と崖の間に、ドーンって!」
余計な前置きやら肝心の部分が擬音だけだったりと説明としてはどうも稚拙だがとりあえず彼女のアイデアはハーティーに理解してもらえたようだ。
「無理じゃ。」
理解した上で却下された。
「お主…こんな丸い樹の上をどう歩くと言うのじゃ?」
確かに、橋とは違い足場が不安定すぎる。
「歩かなくてもよじ登るようにすればいいじゃない。」
しかしアリスの意見も一理ある。格好は多少不格好だが命をわざわざ危険にさらす方法を選ぶより断然マシだ。それにはハーティーも「なるほど」と頷いた。
「なら早速これを…。」
早くも取りかかろうとしたアリスを制止する。
「じゃがアリス。長さが足りんから無理なのじゃ。」
「…ハーティーさん、貴方って人は…。」
あまりにも無慈悲な宣告。そういうことは先にいってほしかったとアリスはひどく落ち込み、木偶の坊となった樹をただただ残念そうに見下ろす。
「決してこいつは役立たずではないぞ!こいつのおかげでお前が今どれほどの力を持っているかが証明されたのだ。謂わばこいつは力試しのためだけに殴らせたのだ。」
来世はきっとサンドバッグだとしょうもないことを考えるアリスの目は憐れみを含んでいた。
「故に、お前の力の前ではこんなもんなど必要ない!あんな距離、軽く飛び越えてしまうわ!」
さりげなくフォローしておきながら堂々と役立たず扱いをする始末。そんなことよりも、彼の聞き捨てならない言葉に思わず耳を疑った。
「え?まさか…崖と崖の間を飛べって言うの?」
唖然とするアリスに対しハーティーは大袈裟に頷く。
「無理無理、無理に決まってるじゃない!第一、力って…。」
「まあついてこい。まだお主は見てなかろう。飛べぬ距離ではない。」
と、彼女の台詞を遮り再び茂みをの中へ進んでいく。無理矢理にでも連れていこうとしなかったのはおそらく、アリスがコールブランドを手放したままだったからだ。当の本人もたった今思い出したところで、慌てて取りに帰り、渋々彼の後に続く。葉が全身にまとわりついて動きづらい上に、厚くない生地で出来た服では枝に触れるたびにちくちくと痛い。
「あれが届かないぐらい離れてるって時点で無理な気しかしないと思うけど…。」
と心で呟いた直後、ようやく視界が開けて遠くが見えた。


「………。」
向こうには今いる場所と似たような、いや、まるで鏡にそのままそっくり写したかのような風景が広がっていた。間違い探しをするなら人がそこに立っているかいないかだけの違いしか見つけ出すことができないぐらいに。

きっと頼りない吊り橋がかかっていたのだろう。崖には橋を繋いでいた柱と木の板が三枚程度が残っているだけだった。
肝心の距離の方は、目測で約10メートル。
自分の身長の倍以上もあるこの距離を、短い足でどう飛び越えろと言うのか。果たして何を根拠に飛べない距離と言ったのだろうか、空でも飛べるのか…と問い詰めたくなった。

仮に彼がこの距離をどうにかして越えることができても自分には不可能だ。
「…そうね、私が空をさながら鳥のごとく飛べるのなら楽勝でしょうけどね。」
と皮肉っぽく言ってみる。実際にはハーティーの無茶苦茶な発言に付き合いきることができず心底なげやりになっていたのだが。
「鳥も悪くないのう。ワシは今のままで十分だがな。」
アリスの嫌味も通じることはなかったハーティーはなにやら突然片足を曲げたり伸ばしたりを繰り返した。
「…ハーティーさん?」
その動きはアリスもよく見ることのあるストレッチの動きだった。
「若い体は良い。身軽で、老いて行くに伴い生じる肉体の衰えがない…これなら全身鎧の重装備でも…。」
「待って!」
感慨深く独り言を呟いているのを「嫌な予感」のしたアリスが遮る。
「まさかハーティーさん…本気で飛び越えるつもりなの!?」
そう。それこそ本当に彼が空を飛べたとしたらこんな動きは必要ないだろう。他に何か手段があるのかもしれないが今のハーティーにそんなものがあるとはとても感じられなかった。






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