腕の次は、後頭部の辺りに右手を添える。アリスの方が背が高いためにハーティーの腕は余裕があまりなさそうだ。
考えてもいない所に手を触れられ、無意識に瞼を開けてしまう。
「えっ?」
驚いて上ずった声が漏れた時。
添えられていただけのはずの右手にぐっと力が入った。

声を出すことも不可能だったろう。軽い会釈のような体勢のアリスの口は口で塞がれていたのだから。
「……………。」
頭が真っ白になる。だが、一秒経つにつれ次第に冷静な判断ができるようになった。自分は何故か他人と口付けを交わしているのだと漸く理解した瞬間、冷静さを欠いた行動に出た。
「…ぎゃあああああ!!」
顔から火が噴くとはまさしく今の彼女の状態を言うのだろう。顔面を紅潮させ腹から悲鳴をあげながら空いてる手でハーティーを突き飛ばした。
「のわっ!?」
結構な力で押されたにも関わらずハーティーはバランスを崩して倒れることはなかった。
「いきなり何をするのじゃ。」
当の本人は自身のとった行動に罪悪感の欠片も抱いてなかった。
「こっちの台詞よ!あ、ああ、あ…き…でもない…とにかくするなんて!信じられない!」
ひどく呂律が回らないアリスは顔色もなさがら金魚のように途中口をただぱくぱくさせるだけ。一方でハーティーは彼女を宥めもせずフォローもせず、極めて冷静である。
「前以て話していたらすんなりと引き受けれてくれたか?」
「そんなわけないでしょ!?」
即答だ。しかし、ただでさえ心の準備にかなりの時間を要する行為は突拍子もなくされたらその分ショックも大きいわけで、何事も勢い任せとはいかないものだ。
「まあ落ち着け。これは意味のあるものなのじゃ。」
疑いの眼差しを向けられてもやはり平然としている。
「意味のある…?一体どんな…。」

すると、ハーティーは一歩前へ進み、目の前に立ちふさがる巨木の傍らで立ち止まった。高さはゆうに5メートル以上はあるだろう。
「言ったろうに、力を身に付けると。今のでお前はこいつを容易くへし折る事が可能な程度の力を手にした筈。」

アリスも思考が追い付かず、話を聞きながら棒立ちするのみ。すぐに呑み込めるような内容でもない上に説明が不足すぎる。だが彼女に自信に満ち溢れんばかりの笑顔を向けては。
「言葉より体で感じた方が早い。…よし!一発こいつを殴ってみろ。」
と無理難題を押し付けた。
「………先に貴方を殴ってもいいかしら。」
怪訝そうにハーティーを睨み付けながら言い放つと必死に顔を横に振った。
「よせよせ!死んでしまう!」
「…………………。」
大袈裟ではないかと呆れる。ひとまず彼の言う通りにして、そこから後で考えると決めたアリスは巨木の前まで歩み寄った。

「無茶よ。」
見上げると首が疲れてしまうほど高く巨大な樹はアリスが力一杯殴ったところで葉が微かに揺れ、落ちもしないだろう。そもそも人間の拳では折ることなど到底不可能なぐらい頑丈な樹だった。

けれども、愚図っている分時間が無駄に流れる。多少手を痛めることになるが、たかが殴るだけ。やるだけやって早くこのやり場のない怒りを彼にぶつけてやろうと決めたアリスは身構えた。







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