一歩分の距離を開けて彼の隣に近寄る。
「先程からして、例の化け物はそう遠くない場所にいる…が、近いとも言えぬ。人が走って向かうには厳しい。」
何故か声を潜めて話すハーティーにつられてアリスも小声になる。
「なんでそんな微妙なところに?」
彼女からしたらいっそのこと目の前ともいえる場所へ飛ばしてもらいたかったのだが、ハーティーは難しい顔で唸って
「多くの兵が囲んでおる中でぽっと現れたら怪しまれてしまうじゃろう…それに。」
と返し、咳払いを挟んで続けた。
「戦うための準備がまだ出来ておらん。」
「準備?それってここでないと…。……今更よね、そんなの。」
次にアリスは矢継ぎ早に質問を投げた。
「待って、ハーティーさん。準備って一体何をするの?準備が出来ても走って向かうには厳しい距離をどうやって移動するの?走るの?逆に。」
よくもまあこんなに人を質問攻めできるのかと、言葉にはしないものの内心は呆れつつあった。しかし悟られないよう表情には一切出さない。
「移動手段はちゃんとあるから安心せい。さて、ワシが言う準備というのは単に装備を固める事ではない。」

アリスはふと周囲を見渡す。確かに、身を防いでくれるような防具は見当たらない。今度は空を見上げる。ほとんどなんでもありなこの世界だもの、時間差でなにか落ちてくるのではないかと期待してみたがそんな気配は全くなかった。どうも落ち着きがないアリスを無視して彼は続けた。
「奴に対抗できるだけの力を身に付けるのである。」
そう言い出すハーティーにアリスは思わず耳を疑った。
「なんですって?無理よ、時間がかかっちゃうわ!」
信じられないのも当然だ。戦う術を持たない、有事の時には守られる方の立場の中でも非力な少女を、化け物と戦える程までに鍛えるのにどれほどの長い時間を有するというのだろう。気が遠くなる。それに、正直この世界に長く滞在するつもりなどない。

早い話、「修行」の単語がまず浮かんだわけだ。ハーティーも概ね察していた。

「時間のかかるようなことはしない。すぐに終わる。」
と説明するも、些細な謎がいちいち気になってしまうアリスは、最後まで黙って話を聞くという行為が中々出来ない。やはり彼女は再度聞いたのだった。
「で、何をするの?」
もはやアリスの豊かな想像力をもってしても全くイメージがわかない。
「お前は目を閉じて立ってるだけで良い。」
ますますわからなくなってきた。言われるがまま目を閉じて棒立ちするアリスの滑稽といったらない。視界は真っ暗闇で、ゆっくりとこちらへ近付いてくる足音から彼がすぐそこにいるのだとかろうじて認識できるぐらい。今から起こる出来事が予想できず、緊張して体が強張る。

「……………。」

足音はやがて至近距離でぴたりとやんだ。
「……………。」
しばらくの沈黙のあと、剣を持っている方の腕を掴まれた。途端に不安が込み上げてくる。振り払おうとすれば出来たのかもしれない。だが抵抗するにはまだ早い、そんな気もした。

この時、アリスは後に「少しでも抵抗していれば、はたまた細目でも良いから状況を確認すればよかった」と悔やむことになるなんて思いもしなかっただろう。









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