だが誰も彼を庇おうとはしない。妖精二人はあえて離れた所で傍観している。何故ならヘリオドールが次に何を行動にうつすか概ね予想できていたからだ。
「ヘンリー!!」
出来る事はないと承知でアレグロは前に出ようとするのを片手で制止する。ヘリオドールは迫り来る炎を睨むだけで一歩も動かない。

アレグロが彼女を説得している間は魔法をひとつぐらい詠唱するには十分な時間稼ぎだった。爆弾はヘリオドールに到達する前に空中で四散分裂、炎は見えない壁を滑るようにして拡がる。
「なにが起こったんだ!!」
兵士の数人が目の前の状況を理解することは不可能だった。彼が魔方陣を展開することなく術を発動出来るほどの実力を持った者だと誰も知らなかったのだろう。妬けるような熱風と炎が掻き消され、再び姿を露にしたヘリオドールの手には神出鬼没の三叉槍ではなく、なぜかうちわが握られていた。
「…………。」
皆、呆然としていた。なんとも滑稽なざまで、当の本人も納得がいってないようだ。
「ねえ、本当にどうにかなるとか以前に武器でもなんでもないよね?」
とても心配そうな彼に対し少女はとてつもなく自信満々だ。どうやら手配したのは少女のようだ。
「ええ。うちわはうちわでも天狗の団扇といって一振りするだけでどんなものでも吹き飛ばす曰く付きの…。」
「胡散臭いよ!絶対馬鹿にしてるって思われてるよ!」
ヘリオドールの不安はより一層増すばかりであった。青年は笑いを必死に堪えているのかこちらに背を向け、よく見れば震えている。まだ彼みたいに笑ってくれたらいいのだが…。
「………………。」
真っ向から数人に睨まれる。そりゃそうだ。向こうにしてみたらあんなへんぴな団扇一枚でどうにかなると思われているのだから。
「ええい、もうどうにでもなれ…。」
自棄を起こしつつあったヘリオドールの後ろで、不穏な空気が漂っていた。

「……………やはり、人間…人間共…。」
低い唸り声。異形の化物は、わずかに取り戻しかけていた人の心は、現実に、闇に覆われてしまい、憎悪に支配され敵意を剥き出しにした瞳は真っ赤に燃える。その視線は背中に突き刺さるほど。
「………。」
だが、こうなることはヘリオドールにとっても想定内だった。
「やはり裏切った…人間…。」
徐々に熱気が増していく。大事になる前に慌ててヘリオドールは指示を出した。
「アレグロはそいつを大人しくさせて!僕はその時間を稼ぐ!…隙を見たら逃げるんだ。」
そうはさせるかと化物は、自ら兵士の群れの中に突っ込もうとした瞬間、アレグロに首根っこを噛まれそのまま地面に力づくで押し倒される。派手な砂ぼこりを巻き上げながら地を滑っていく。
「…もしまだくるというなら、僕が相手になる。」
ヘリオドールは、諦めの悪い群衆が向かってくるのを真っ直ぐ見据えながら、武器になるらしい団扇を片手に構えた。

出来るだけ誰も傷付けたくない、そんな彼の声を聞いて反映されたのが今手にしている「それ」なのだが。



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