信じがたいことに、低く唸るような声ではあったが、間違いなくそれからわかったのは性別が「メス」であったこと。 そして「彼女」が言う裏切り者が誰を指しているかということも。
「寝返ったか…貴様…主の悲願を…。」
アレグロは頑なに口を閉ざす。尚も「彼女」は続けた。
「我と行動を別にしたのも…最初からこのつもりだったからか…。」
「……………。」
沈黙が重く、とても耐えられないアレグロは仕方なく後ろを振り返り面と向かった。
「………目を覚ましてくんろ。主は暴れまわるだけの化物になっとる。そげなもんの為に戦う必要はもう…。」
化物は、紅玉に似た燃える赤い双眸で睨み、吠える。
「そうさせたのが人間ではないか!それに…南風もそいつらに殺された!!!」
「……………!!」
説き伏せるつもりが、仲間の口から衝撃の真実を告げられたアレグロはショックを隠しきれなかった。南風こと、スチェイムは位の高い遊女であったが子宝に恵まれず、裕福ながらも一人で暮らしていた。身寄りもないビバーチェとアレグロは彼女に拾われ、家族という意味合いを込めた別の名前を与えられ、あらんかぎりの愛情を注がれ、立派に育っていった。ジャバウォックに能力を買われた二人は成長を止められてしまう。それでもスチェイムは傍で見守り続けていたいと自ら「人間」をやめてしまった。当然、ビバーチェもアレグロも彼女を実の母親のように慕っている。

きっと、か弱くて争いを嫌うスチェイムが自ら戦い命を散らしたとは考えにくい。でも、容姿は人間そのものだから力を外に出さなければ魔物とばれるなんてそうそうないだろう。加えて、スチェイムの死をビバーチェが知っている。死んでいた、のではない。殺された、と言っている。それもまた聞いただけでは実に曖昧だが。
「…ママは、私を庇って死んだの。私が、悪い。けど、あいつらは…!」
「もし、おめぇが庇って死ぬ方だったらそいつにどうなってほしいと思う?」
魔物ではなく、ビバーチェ本人の素が訴えかける。弱々しい、ただの少女の声。同情あるいは共感のひとつでもしてやりたい所だが、そうすれば再び彼女は過ちをおかしてしまうに違いないとアレグロは厳しく諭すしかなかった。
「………生きてほしい…に、決まってるでしょ。」
彼女にとって他の答えなどあるはずもない。
「んだな。……どう生きてほしいんだ?」
な何度も問いかけられ若干苛立ちつつ素直に述べた。
「なによ!…そりゃ、幸せになってほしいわよ。だから?」
願うならば、幸福な人生を歩んでほしい。スチェイムが彼女を庇った理由は立場を変えて考えてみればすぐにわかる。
「…お袋は、こんな生き方すんのなんか望んじゃいねえ。恨んで傷付いてばかりの人生でなく、おめぇにも幸せになってほしいからあえて庇ったんじゃねえのか。それに…。」
兵士達の動きを見張っているヘリオドールの方を一瞥する。
「おら達だってこいつらの家族や仲間を殺してきた。こげな争いを続けても、失うもんが増えるだけだ。」
アレグロのいう通り、お互いが争うことをやめれば悲しい負の連鎖を断ち切れるのだ。正論に、綺麗事に聞こえるかもしれない。アレグロは心の奥底から彼女にこれ以上傷を追ってほしくない。手を取り合えるとまではいかなくとも、両方が引くだけで収まるのだ。
「……私…どうしてもジャバウォック様の力になりたいし、母さんを殺した人間をどうしても赦せない…でも…。」

拒み続ければ仲間との決裂が待っている。失う物が増えるとは確かにいったものだ。

もしも、世界が平和になって争うことをしなくなり、お互いを認めあえたらいつか許せる日が来るのだろうか。だが、同じように亡くなっていった仲間の命と意思を無駄に出来ない。葛藤と迷いが生まれ、どっち付かずのまま決められず時間だけが過ぎる。 あともう少し、誰かが背中を押してくれたなら。
「お…なんだ?」
ヘリオドールが耳をすます。こちらに向かって奇天烈な造形の戦車がゆっくりと近づいてきた。カモフラージュが本来の目的である迷彩柄も妙に鮮やかで、とってつけたような大砲にキャタピラが足場の悪くなった地面に軋む。
「お、来たか!!おいお前らもっと道を開けろ!」
兵士は両端にぎゅうぎゅう詰めになった。間をガタゴトと歪な形状をした鉄のかたまりが闊歩し、旗をもった兵士の合図でぴたりと止まる。
「あの大砲は…ゲーム用のやつじゃないか。」
ヘリオドールがよく見覚えのある大砲は元々戦車に備わっていた部品ではない。どこか誇らしげな兵士は装甲部分を強く叩いて説明した。
「今となっちゃあこんな風にさあ!有効活用できるんだよ!「さっき」とは比べ物にならないぐらいの命中率と火力を誇る改良版だ!」
なるほど、この大砲自体はそもそも兵器として使われていたのだから有効活用というよりも本来の正しい使用をなされている。
「なんでまたそんなものを…ここに?」
聞かないほうが良かったと思ったのは次の兵士の答えがかえってきてからの話だ。

「其処にいるそいつを仕留める為だろ。…ヘリオドール、退かないと道連れになるぞ。」
最後の慈悲をかけられる。今ならまだ間に合う。全てを放棄して自分のいた場所に戻ることもできるし頑張り次第で過去の過ちも許してくれるかもしれない。
「……先輩、こんなことはもうやめましょう。」
だが、諦めては自身が此所にいる意味がない。

「………………。」
先輩である兵士はやれやれと肩を落とす。そこ態度に少し期待してしまった。争いさえ無駄なことだとわかってくれたに越したことはないのだが。
「………仕方ない。一人や二人減った所で構わない!敵も弱ってるし無防備だ!撃てぇぇえ!!!!!」
張り叫ぶ大声で指示を出した。今度は待ったなしだ。大砲が唸りを上げ、爆弾どころか溶岩がそのまま放たれたような、紅蓮の炎を纏った謎の球体が勢いよく飛んでくる。大砲には特別な加工を施ているだけで、物に微かにでも触れると爆発するよう改良したものだろう。ヘリオドールは察しがついた。しかしこのままでは彼の言った通りに道連れになってしまう。








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