誰もいない住宅街を駆ける。三つの種族が並んでいる、端から見たらとても異様な光景だ。
「道がわかれてますわ!」
新しくペンキで塗られたばかりの赤いポストがよく目立つ郵便局を中心にT字路になっている。どちらに道は続いてもそれが進むべき道ではない限り大幅なロスタイムに繋がる。
「右ですわ!」
「左!」
根拠のない指図を無視し、ヘリオドールは臭いを便りにアレグロへ命令した。
「右に曲がれ!…犬みたいなことしてるなあ、僕。」
「じゃあおめぇが走ってみっか?」
魔物だと狙う人間や迫り来る岩から逃げ、二度も人を乗せて長い間ろくに休めず走りっぱなしなものだからかなりの体力を消耗している。大柄でない男性一人乗せるのはたいしたことではない。ただちょっとの本音から皮肉が出てしまったのだろう。
「…遠慮しとく。」
答えは曖昧だが、はっきり言うとノーだ。本末転倒である。
「というか、嗅覚ならあなたの方が…。」
少女が言ってから「そうだ!」と今更なことに気づくが、先に言い出したのはヘリオドールだ。もう遅い。 曲がり角に差し掛かったところで一行は信じがたい光景を目の当たりにする。

「あれは…ぼ、僕の家!?」
なんと、爆発したのはヘリオドールの家だった。実家から離れ一人住んでいた、こじんまりとした二階建ての木造の家は燃え盛る炎に包まれ原型をとどめていない。
「そげなことより人だかりの出来とるでよ!」
火の上がる建物の更に奥、全身を鎧でかためた数十人の兵士が時折雄叫びを上げて壁のように道を阻んでいる。赤の軍、白の軍、同じ種族に対立はない。皆は違う敵と戦っている真っ最中だった。
「俺の作った爆弾を無駄にしやがってえ!!威力もあげたのに!!」
「大砲でぶっぱなすからいけねえんだろうが!!」
一部が揉み合っている。ショックを拭いきれないが、今はそれどころではない。
「おーい何があっ…。」
声をかけよう、しかし「あるもの」が視界に飛び込み思わず言葉を失う人の群れから覗く黄金に輝く鳥の羽、よくみれば仄かに火を纏っており、はばたく度に火の粉が舞う。あれもまた魔物の一種なのだろうかとヘリオドールの疑いはアレグロの独り言で明らかになった。
「…いぎなりジャバウォック様の手下と遭遇するけぇ思わなかっただ。」
少女と男性はいまいちぱっとこなかったらしい、表情に変化がみられない。
「えっと…手下ってつまり…。」
おそるおそる聞いたヘリオドール。あとで聞かなければよかったと後悔するのは自分なのに。
「おらの相方だ。いつもはおめぇらとそっくりけんど怒るとおっかねぇ様になるんだ。」
ついていない。立ち向かう最初の相手がボス級の化け物だなんて本当についていない。聞きたくないけれど、 概ね覚悟はできていた。
「その…やっぱ、強い?」
答えはすぐにかえってきた。
「あたりめえだ。強ぇし、暴走してると手ぇつけれねぇ。」
「…………。」
アレグロに言われたらそこそこの説得力はある。ジャバウォックの手下というだけで不安が込み上げ、懸念し始める中で魔物は甲高い鳴き声をあげる。怒り、憎しみといった感情が入り交じった真っ直ぐで張り上げた声は耳ではない別のところに突き刺さった。
「てことは…皆が危ない!」
彼の叫びに応じるかの如く、慌てて兵士が二手にわかれ前衛に位置する者は等身大の盾を構える。鳥に見える魔物は嘴を開けて炎を吐いた。
「わっ、わっ、わーっ!!」
兵士は無事ですむ。火の巨塊はこちらに向かってきた。の詠唱の準備がろくに整っていないヘリオドールと急には止まることも避けるできないアレグロ。このままではあの家の現在の姿みたいになってしまう。
「情ケナイ…。」
男性が手を伸ばす。現れた魔方陣から放出さ
れたのは兵器でいう火炎放射器など比ではない 。お互いぶつかり合い相殺して消えてなくなるどころか向こうの炎を丸飲みし勢いを加速させて兵士の群れへ飛んでいく。
「わぁぁぁぁ!?」
「あぢゃああああああ!!!」
かろうじて避けたが数人が巻き添えを食らい、近くの者に火を消してもらっていた。魔物はもろに浴び、数メートルほど後方に吹っ飛んでは背後の壁に背を打ち付けた。
「なにやってんですの!」
少女が激昂するが男性は素知らぬふりをした。悪気はなかったようだが、うっかり加減を誤ったらしい。
「動くなあああ!!」
物体を瞬時に呼び出すことのできる簡易魔法で召喚した三叉の槍を手にするヘリオドールを乗せたアレグロは開けてくれた道を勢いよく突っ切る。徐々に走るスピードをゆるめ、両者のちょうど間で止まり兵士のほうへ構えた。土埃が皆の足元に舞い上がる。
「な、なんだ…あいつは白の兵か?」
「 確かつい最近入ったばかりの新入りだったような…。」
「乗ってるのはなんだ?」
兵士全員が動揺と困惑の色をあらわにする。大衆の視線が自分達に向けて注がれる中ヘリオドールはアレグロの背から飛び降り槍を持つ手を下げた。
「えー…ゴホン。」
わざとらしい咳払いを入れ、深呼吸をしたら注目を浴びた所で彼は説得を試みる。
「…み、皆さん。武器を下ろして、こんな無益な戦いはやめましょう。先程のは少々やり過ぎましたが…。」
だがその態度といえば頼り無さそうな態度にへらへらとした笑顔。説得力の欠片も感じられないことに男性は憮然、少女は苛立ちのあまり声を尖らせ叱咤する。
「な〜んでそんなに弱腰なんですの!?もっとガツンと言わないと!!」
「だって新人の僕が偉そうにしても反感買うだけでまともに聞いちゃくれないよ。それじゃあ意味ないだろう?」
小声で少女を宥める中、一人の兵士が恐る恐る指を差して震える声で叫んだ。
「あ…ああ…あれは…よ、妖精か…?」
まさしく自分のことを囁かれていると少女は誇らしげである。
「をーほっほっほ!(引きこもり故に)滅多にお目にかかれない妖精族きっての美少女…。」
「そんで、そこにいる熊か犬みたいなのは…。」
少女の言葉を遮り今度はアレグロの方を差した。
「……………。」
覚悟はしていてもいざ自らの口から何者かを明かすとなるま躊躇ってしまう。そうなることをわかっていたヘリオドールが彼の前に出て代弁した。
「こいつは…今の貴方達の敵です。彼等にとっても僕を含めた人間は皆敵であることには間違いないでしょう。」
少しずつ周りがざわめき始める。警戒する者もいた。
「しかし、そうじゃない例外もいる。僕もこいつもお互いを赦した。…僕達は皆に戦ってほしくない。」
「おい待て。」
先輩兵士の一人が一歩前に歩み出す。一際体格がいいが、鎧の一部が焦げている。
「つまり、お前は俺達を裏切り敵と手を組むということか。」
だが、まだヘリオドールの事を「血迷っているか唆されている」のだろうと思い込んでいる。
「え…そういうことじゃなくて…。いや…僕は……だからこそ手を組んだ。だって、ほら!違う者でも同じ思いがあって…。」
ここでヘリオドールの心の中で迷いが生じた。自分の行為は確かに「裏切り者」と見なされても仕方がないが、本人は裏切ったつもりなど微塵もない。ただ、武器を手放すとまではいかなくてもせめて自分や他の誰かを守る為に使ってほしい、それが本望。ただそう言われると沸き上がる罪悪感でせっかくの決意が揺らいでしまう。

違う。
そうじゃない。

自分に言い聞かせたところでどうなる。弱者の個々の主張で二つの大きな力を動かすことなど不可能なのではないだろうか。

「裏切り者…。」
違う。いや、声がしたのは後ろからだ。








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