「はあ…一体何処に行ってしまったんですの?」
地下帝国がまだひとつの国のほんの一部だった頃、其処に住む魔族、通称「魔物」は人間に対し身を隠すようにしてひっそりとした暮らしを過ごしていたそうな。なぜなら国どころか世界の大半を占めた人間という種族はそのあまりにも醜い姿をもつ魔物を差別するからだ。本来なら、魔物が結束したら人間をはるかに超える力になるが、無駄な争いはやはり誰だって避けたいものである。

そして、人間側からも魔物側からも干渉されない中立かつ独立した種族が私達「妖精族」。勿論、こちらからも基本的に不干渉なのだが、今回は例外だ。何故なら…私の仲間が魔物の住む村へ行ってから数週間連絡が途絶えているからである。私は同じ仲間のアルデンテを連れてその場所を訪れた。
「珍シイナ?姉貴ガ俺様達ニ黙ッテドッカ行クナンテ。」
探しているのは仲間、というより私とアルデンテと彼女は血の繋がりのない家族のようなもの。真面目で面倒見のいい彼女が私達をここまで心配させたことは今までになかったほど。
「早ク連レテ帰ラネエト、族長ニ怒ラレテシマウゾ。シャルム。」
というアルデンテは気にしていない様子だった。シャルムとは私の名前だ。優雅、優美という意味の言葉でもある。
「早く連れて帰ればいいだけのことですわ。でも、本当にどうしたのかしら。今この時期に此処に来るだなんて…。」

そう。

魔物と人間は何が理由か定かではないが(妖精族の住む所に情報が行き渡ってないだけかもしれない)、戦争の真っ最中らしい。そのせいか、魔物の住む村は妙にピリピリしていると聞いた。いくら関係のない妖精族でも治安の乱れた所では何をされるかわかったものではない。だから、妖精族の族長は「外出禁止令」を出している。どうせ外出許可などもらえるはずがないのだから勝手に抜け出したのだ。仲間の危機よりお説教をあとで食らう方が断然、ましである。

とはいえ、私は正直不安で仕方がない。平然を装ってはいるものの早く帰りたい。
「…………。」
突然アルデンテが立ち止まって私の顔を覗き込む。
「な、なによ。どうしましたの?」
表情に出ていたのだろうか知らないが、思わず後ろへ一歩引いた。目付きが悪いのにそんなに睨まないでほしい。すると彼は私に手を差しのべてきた。
「怖イノカ、ラシクネェナ。ホラ。」
どうやら、思っていた以上に外に出ていたらしい。我ながら情けないのと、そういう風に思われているのと、中途半端な片言がなんだか癪に障る。腕を組み、そっぽ向いて拒否の意を見せつけてやった。
「ふんっ、怖かったとしても触れたら火傷してしまう貴方の手など借りたくありませんわ。」 
これはまさしくそのままの意味で、火の精である彼の体温は異様なまでに高い。知る限りでは70度。本当に、いつも着ている服はどれ程の防熱素材で出来ているのだろう。
「イツモイツモ俺様ハ熱イ男デハナイ。平熱ハ40カ50ダ。」
熱い男の意味が微妙に違うしそれでも熱い。人間でいうなら即死というかもはや限界をこえている。しかし私も返す言葉がこれ以上ない。
「あっ…そう…。」
冷たい返事は自称熱い男には効いちゃいなかった。
「ナンナラ、ガキノ頃ミタイニ俺様ガ抱イテヤロウ!」
両手を広げ自信に満ちた笑顔でとんでもないことを軽々と口にした。 私の体温が一気に上がったのではなかろうか。顔が火照るように熱い。紅潮した顔に対し頭のなかは一瞬真っ白になる。
「はっ…はっ…は、はあ!?DYE!?」
自分でも何を言っているのかわからない。落ち着かないと。大きな語弊があるだけに違いないと言い聞かせた。
「……………貴方、それを言うなら抱きしめて、じゃないですの?」
アルデンテは今だ手を広げたままきょとんとしている。
「エ?ソウダガ…一緒ジャナイノカ?」
「一緒じゃありませんわ!」
聞いて呆れた。彼はとことん人間の言葉を理解していなかった。強ち間違ってはいないが、周囲に人がいなくて良かったとこんなにも感じたのは生まれて初めてだ。
「抱イテモ締メタラ駄目ジャ…ン?一緒?違ウ?人間ノ言葉ッテ難シイ。」
難しいにせよ、せめて笑える間違いをしてほしい。いつしか私の中の過剰な熱は冷めたと同時に、不安も消えてしまっていた。
「…おかげさまでくよくよするのが馬鹿みたいに思えてきましたわ……ありがとう…行きますわよ。」
もしも彼が最初からこのつもりでけしかけた冗談なら一応礼の一言ぐらい言っておこう。
「抱イテヤラナクテモイイカ?」
冗談なら、普通私の今の様子を見てそのような言葉をかけたりしないはずだ。
「結構でしてよ!あと少し黙って頂戴!!!」
ついつい声を大にして怒鳴り付けてしまった。そのまま早足で彼を抜かす。しばらくは存在を視界に入れたくないがそんなわけにもいかないのでせめて彼女を見つけるまでは絶対に振り向いてやるかと心の中で呟いた。


その時。

「…なんで俺なんだろ。マジ意味不…。」
魔物の村に入ってから初めて住人を見つけた。地味な服を着た色白の小柄な男の子だ。不満げにぶつぶつぼやいて建物の中から出てくる。
「あっ、そこの坊や!」
私は急いで男の子の元へ駆け寄った。こちらを無表情でみつめている。
「なんか用?おばさん。」
カチンとくる言葉を早速浴びたが、大人に見られている私は冷静に対処した。
「…をほほ、このクソガキ…。ごほん、私達人を探しているんですの。」
「俺こう見えて魔物なんだよね。人を探しているなら残念だったね。」
眠たそうな声、気だるげな態度、大人びているようでそうじゃない、厄介な子供だが、これもまた語弊があったのかもしれない。気を取り直してもう一度たずねた。
「「ある人」を探しているのですわ。大人の女の人で下半身は三角木馬、これでわかると思うのだけど。」
男の子の表情に僅かな変化が現れる。
「ああ、見たことあるよ!宙を浮かんで移動してたね!俺、何処にいったか知ってる!」
住人一人目にしてはやくも手がかりを得ることが出来た嬉しさにはしゃいでしまった。
「ほんと!?ほんとに!?やったー!うふふ…こうも早く見つけれるだなんて!あの、そこの場所を教えてくださらない?」
「いいよ!俺が連れてってあげる!」
出会った時とは別人な、人は第一印象だけで決まるのではないのだと痛感した瞬間だった。男の子の親切にすがるよりほかなかった私は先程の怒りも忘れてアルデンテの方を振り向く。彼も同意するに決まっている。
「ですってよ!良かった…。」

ところが、目を疑う光景が広がっていた。アルデンテは俯せになって倒れているのだった。気を失っているのか、眠っているようにも見える。
「どういうこと…ですの?あっ…!?」
駆けつけようとした私の背中に突如、何者かに触れられた直後身体中を電流が巡る感覚に襲われた。
「……………。」
痛みや苦しみを感じる暇もない。視界はぼやけて霞んでいく。

「……へえー。見ろよスネイキー、妖精族ってちょろいんだな。」
聞こえてきたのは、違う声。明朗活発な少女の声だった。
「そうだね。さ、早く魔王様のところに連れてくよ。」
「えー、おまえがこのでかいの運べよ。」
聞いたことのない知らない声と男の子の会話も、私には途切れ途切れにしか頭に入ってこず、意識は段々と遠退いていき、やがて途絶えた。

「にしても、こいつらをどうやって僕らの眷族に?」
「知らない。…おまえら、次会ったときはあたしらの仲間だからね、あはは。」
「…気絶してる相手に話しかけても意味ないよ、ハーミー。」








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