アリス、ハーティー、そして二人を乗せた複数の名を持つ熊にも獅子にも似た巨大な化物が薄暗い洞窟の中を颯爽と駆けていった。壁にかけられたランプは自分達の気配を感じると手前から奥へと順番に光が灯るしくみになっており、細く狭い通路は曲がりくねったりたくさんの道に分岐していたりとまるで迷路みたいな道で、ひたすらぐるぐると走り回っていた。だが、ハーティーの指示に従ったおかげでここまで行き止まりに遭遇することは一度もなかった。
「一体、いつになったら着くのかしら。」
この速さにもとうに慣れてしまったアリスはハーティーの背中にしっかりしがみつき、流れる景色をぼんやりと眺めていたがなにせ全く代わり映えのしないものだから非常に退屈だった。
「そもそも私達は具体的になにをするために何処へ向かっているのかしら。行き着くところがなかったらどこまで走るのかしら。一日中?ご飯も睡眠もなし?走るのがもう限界ってところまで?それって、意味があるのかしら?」
退屈なあまり、悪い癖である独りついつい言が長くなってしまう。
「アリスよ、ワシはどの問いに返したらよいのじゃ?」
質問だと真に受けたハーティーが困惑の色を浮かべる。背中に跨がった彼は激しく揺られ続け、更にはアリスの腕が必要以上の力で腹を締め付けるから若干気分が悪そうだった。
「はっ、ごめんなさい。また癖が出ちゃったわ。」
呟いている時はそれに夢中でいつも話しかけられて我に返る。が、ハーティーはまず彼女が気にかけている事の殆どの詳細を伝えていなかった。
「…かの魔王を討つ為に万全の準備をせにゃあならん。武器も持たず生身の体じゃあ死にに急いでるのと同じじゃ。」
その通りだ。ましてやアリスは非力な少女。原因の発端は自分であれどここまで連れてこられて足手まといになるだけではないだろうか。
「まずは武器じゃな。身を守るのも大事だが、守るだけでは倒すことはできまい。ああ、アレグロ殿…次の道を右じゃ右!ぐえっ!?」
命令のままにアレグロはスピードを僅かに緩め別れ道を右折する。遠心力で振り落とされないよう全身でしがみつくが、同時にアリスも必死に彼にくっつく。そろそろ腕が腹に食い込むレベルだ。
「苦しい…そんなにくっつかんで欲しいわ。いい加減にせんと出るぞ…。」
アリスは慌てて肩に手を添えた。
「あらやだ。何が出るの? 」
あえて遠回しに言ったのにそこを突かれると口を濁すしかない。
「……いや、まあその…なんでもない。」
顔色の悪いハーティーの容態など知りもせず、アリスはまたも質問を投げる。
「ところでハーティーさん。大昔、ジャ…えっと、魔王を倒したのは貴方でしょう?なら貴方一人でも十分戦えるんじゃないの?私がいても足手まといになっちゃう…。」
自信を無くし俯くアリスにハーティーは屈託無い笑顔を向けた。
「言ったではないか、ワシにはお前の力が必要じゃと。」
励ましのつもりでも、余計に落ち込んだ。
「アーサー王伝説に出てくるエクスカリバーをご存知か?」
突然なにを聞き出すかと思えば関係がありそうで全く関係のない問いかけに、たいそう自信満々に答えた。読書家である姉の本を読んでいて無駄な知識ばかりが頭に入ってしまったがその知識を披露する所が中々なかっただけに嬉しそうでもある。
「石に刺さった剣を引き抜いたって話でしょ?でもあれって、本当は剣がふたつあったりと色々な諸説があるのよ!」
まだ15前の少女の博識ぶりにむしろ感心を覚えたがそこまでは求めていなかった。
「そこまではよい。…よく聞け、小娘。今ワシらが向かっておるのは「最強の剣」が封印されし場所じゃ。」
言葉に重みをかけ厳かに語るも、アリスにとってはいまいちぱっとしない。
「最強の…剣?」
「聖剣「コールブランド」と呼ばれ、様々な精霊の加護を受けたそいつは…ジャバウォックを倒すことのできる唯一の剣とされた。」
口から出た唯一のという単語が意味するのは「他に倒す術がない」。暴虐の限りを尽くしているジャバウォックに多くの者が抵抗すべく剣を振るい槍を振るい…しかし結局はどれも無力に過ぎないのだ。でもやはり、現実味が沸かなかった。話で聞くよりは実物を見てみないことには。
「それだけの力を秘めた物じゃ。誰でも易々と使える代物ではない。剣に選ばし者だけが所有を許されるのじゃ。」
それを聞いてもまだ腑に落ちない点がいくつかあったがきりがないのであまり関係ない質問をした。
「選ばれなかった人は使うことはできないのね。」
あとからになってどうでもいい質問だとアリス自身そう思ったがハーティーは至って真剣に答えてあげた。
「どれほどの強者でも持ち上げることすらかなうまい。腕でも引きちぎれるじゃろうて。」
「…………そう。」
本当に聞くんじゃなかったとアリスは後悔した。



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