「いつまでもこんなところに居られないですし…。」
自分だけでもその場を去るか否か考えながら、ふと屋根の上が気になってもう一度視線を向けると先程までは何も居なかった屋根に一匹の猿がこちらを見下ろしていた。

「……魔物か!!」
声に刺激された魔物は黒い牙と爪をを剥き出しに襲いかかってきた。ジャックは咄嗟に右手を伸ばしたが変化は起こらない。隙だらけの彼に長い手を振り下ろした。
瞬間、 眩い閃光を帯びた魔方陣が空中で展開し、そこから発生した電撃が魔物をめがけて一斉に放たれあっという間に呑み込んだ。
「グギャアアアアアァァア!!」
聞くに堪えない獣の断末魔に耳を塞げないジャックの表情は例えるなら苦虫を噛み潰したよう。
魔物は全身を痙攣させ動きも完全に停止して尚持ちこたえているが、力尽きるのも時間の問題だろう。若干余裕が見え始めたその時、屋根にもう一匹隠れていた魔物がジャックの「隣」を狙って飛び降りる。
「危ない!!」
叫んだのはシュトーレンで、コロナを横に突飛ばして前に立ちはだかった。
「わっ…と。」
なんとか足を踏ん張りバランスを直したコロナの横で勢いよく倒れた。
「いって…ん?猿…ふべっ!?」
頭部を強く打ち付けたことによる鈍痛に歪む顔を覆い被さった魔物が握り拳で更に殴る。殴る。またまた殴る。正直こちらの方が痛い。されど殴られるたびに視界があっちへこっちへ右往左往し、軽く意識が飛びそうだ。やられっぱなしにもいかないが反撃のタイミングが掴めず両頬が赤く腫れるばかり。
「……………。」
息を潜め、馬乗りになった魔物の後ろに上手い具合に回り込んだコロナはゆっくり深呼吸をして杖を音がするほど握りしめる。
「はあっ!!」
渾身の力を込めて、振り下ろした。鈍い音、痺れる手、杖ごしに伝わる感触、手応えはあった。
「ガ……ァ…ッ…、………。」
軽い脳震盪を起こした魔物はぐらりと傾き、仰向けに倒れた。あれだけ邪気を含んだ双眸がどうだ、いまや白目を剥きとんだ間抜け面を晒している。鈍器と化した杖の先で腹をつついても反応はない。ついでがてらに邪魔な魔物を足で蹴飛ばした(とはいえ一回り転がっただけだが)。
「…ふん。檻に帰りなさい。」
と、吐き捨てたコロナが空いた場所にしゃがむ。意外にもたいしたダメージは負ってないシュトーレンはさっさと起き上がろうとした所を止められる。
「なんだよ…て、これは?」
彼女が差し出したのほティッシュだった。
「鼻血が出てる。」
言われた通り、鼻の下を赤い雫が一筋流れていた。雑に拭うと袖が汚れる。
「あ…でも…。」
「それとこれとは別よ。あと礼はいらないわ、今のでおあいこだもの。」
受け取るのを躊躇う彼の手に無理矢理持たせすっと立ち上がる。シュトーレンは黙ってティッシュを手頃な大きさの栓を作って鼻に詰めた。一方、ジャックは既に魔物を屠っていた。
「今のも含め、総称して魔物と呼ばれ我々が倒すべき存在です。突然数を増やし、あちこちで暴れ回っているようですがここも例外ではないみたいですねぇ。」
背中の鞘から抜いた細身の剣はあくまで奇襲に対して素早く応じるための手段で構えることはなかった。
「…魔力が増幅している。一刻も早くこの場から逃げましょう。倒すべき…と言いましたが敵の数も強さも同じとは限りません。こんなところでのたれ死んだら元も子もないでしょう。」
かつては王家に仕える魔術師として裏から戦況を操り、時には自ら軍を率いて指揮を執る事もあった彼は実力も宛ら経験においても並の兵士の倍は積んでいる。故に冷静な判断をを下したものの正しい判断と言い切れない、それに他の二人が賛同しなければ意味がないのだ。
「賛成。私には帰らなきゃいけない場所がある。死ぬわけにはいかないわ。」
コロナはもっぱらこの国(というよりかはこの世界)がどうなった所で関係ないのに巻き添えを食らいたくはなかった。
「よくわかんねえけど置いてかれるのは嫌だからついてくぞ!」
シュトーレンはこれといった理由は無い。だが、誰でも死ぬのは嫌である。今じゃあすっかり、ここに来る前の目的なんかも忘れちゃっている。幸いにも、皆の同意は得られた。
「血の気の多い方がいなくて助かります。さ、私の後をついてきて下さい。最短ルートは魔物が多い森の中になるので少し遠回りします。ですが、警戒は怠らずに。」
ようやく剣を前に構えて道をまっすぐ進む。二人は横にならんでジャックに続いた。
「貴方、本当は何者なの?」
今までのジャックの態度にいくつかがてんのいかない点があり、疑わしく感じたコロナが訊ねた。わざわざ武器もあるのに魔法を使用したこと、それもかなり上級の魔法に見えた。あとは、普通に会話しているだけなのに感じる胡散臭さ。とてもただの一般兵には思えなかった。
「………。」
シュトーレンはあえてそっぽを向いている。名誉の勲章である顔の腫れが痛々しい。
「ジャックさんはただのジャックさんです。ん〜…でも今は赤の軍の騎士てことで、コロナお嬢さん。」
口調がますます胡散臭さを増している。追求する気も失せた。






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