そう、誰もいないと思われた空間で砂利道を踏んで歩く足音が聞こえる。コロナとシュトーレンは微動だにしていないのでまず第三者の足音であることは明らかだが、今や二人はそれどころではない。
「大体襟は止めてるけど他がだらしない!ああもう親の顔が見てみたいわね!
「親なんかいねーよチビ!」
一歩、二歩と気配をひそめて彼等のもとへ。
「チビ…いない…って私だっていないわよ!いたけど捨てられたの!でも、君とは育ちが違うのよ。」
「食い物たかるほど貧乏じゃないしな〜。」
はたして、いつになればこの醜い口喧嘩に終止符が打たれるのだろうか。
「なんですってー!?」
その時は間もなく近づいてきた。楽しげな笑顔とともに。

「いないいないばー!!!」
突如快活な大声が二人の耳元を劈いた。
「どわああああああ!?」
「ぎゃああああああ!!」
二人して飛び上がり声のした方を振り向きながら咄嗟に後退る。コロナとシュトーレンの素っ頓狂な悲鳴が重なり不協和音な絶叫が空間にこだました。
「おやおや、これは失礼☆」
そこには国の一般兵の衣装を身に纏ったジャックが鉄の籠手にがんじがらめにされた両手を顔の横でひらひらさせながら満面の笑みでこちらの反応を楽しんでいた。
「貴方は誰よ…!!いつからそこに…。」
シュトーレンの方を一瞥したあと深く帽子を被り、コロナの問いに丁寧に返した。
「俺…いや、私はこの国の平和を守るだのしがない一般兵でございます。見回りの途中、なにやら揉め事が起こっていたようなので…。」
ならば普通に止めたらいいのではなかろうか。二人はそう思ったに違いない。
「しかしそこの少年もこんな明ら様な悪徳商法に引っ掛かるなんて。いいですか?貴方を今騙している悪徳商法は相手の素直なこころにつけいって…。」
諄々と諭され何が何だか理解できず呆然としているシュトーレンに対し、人聞きの悪い言葉を浴びせられ腹をたてたコロナがすかさず言い返した。
「悪徳商法って聞き捨てならないわね!食べ物をたかっただけじゃない!」
勢いなのか、それとも自棄を起こしたのか自らの口で己の罪を喋ってしまった。
「やだー☆冗談ですよ、お嬢さん!なんて!あ…よかったら私も占ってくれませんか?よく当たるのでしょう?ならば当然、何か差し出すのは礼儀!トリュフでもフォアグラでもなんでもございます!」
それでもャックの勢いにはコロナも押され気味で顔をひきつらせなかまら一歩下がる。
「あれは…どっかで会ったようなことあるな?」
まるで他人事だったシュトーレンが途端に青年の顔を覗きこむ。目、髪、そして金色の質素なピアスに見たことのある造形をした義手。青年の声と口調。憶の中である人物と特徴がほぼ一致した。
「お前…さては、ジャックだな!?」
指を差され、大声で名前を呼ばれてもジャックはいたって冷静だった。
「はて、人違いでは。私の名前はコニャックで…。」
適当に偽名を名乗るがあまりにも適当すぎてかえって怪しさが増す。
「…コンニャク?」
コロナには聞き間違われる始末である。
「そのピアス、そして義手!ジャックのとそっくりそのまんまだぞ!」
義手はさておき、自分ですら普段意識しない部分を顔見知り程度の人物に指摘されるとは思ってもなかったジャックは驚くのと同時に彼の洞察力と記憶力に心底引いた。
「城の者でもないのに何故そんな所を知って今の今まで覚えているんですか、気持ち悪い…ッ!はっ、しまった…。」
汚物を見るような目を向け悪態をついたが、さりげなく余計なことまで口走ったためにもう言い訳が出来なくなってしまった。顔には落胆の色が見える。しかし頭では既に次の行動へ移そうと切り替えていた。
「……そうです。俺こそ天才魔術師ジャックさんですが、どうか俺の姿を見た事は誰にも言わないで下さい。」
「えっ?なんで…。」
まだ言いたそうなシュトーレンの口にそっと人差し指を添え、取り繕った微笑で迫る。
「貴方が俺の頼みをきちんと守ってくれたらいずれ教えて差し上げます。…「三人」だけの秘密ですよ。ねっ?」
と言ってコロナの方を振り向く。彼女はすっかり白けていた。
「はいはい、わかったわよ。口外しないし興味ないからすぐに忘れてあげる。…で、結局貴方をなんて呼んだらいいの?コンジャク?」
「今も昔も変わらずジャックさんですよ。いや、俺はJ(ジャック)ではなくなったので名前がありませんねえ。」
そこでジャックは、この服の元の持ち主が他の兵士から呼ばれていた名前をそのまま呼ばせることにした。
「今だけはとりあえず…。」
ところが、シュトーレンが険しい面持ちで家の屋根の睨んでいるのジャックは妙な違和感を感じた。
「どうかしましたか?」
声をかけられても一向に視線をそらそうとしない。
「あそこに何かいる…。」
屋根の上には何も見えない。奥の方に隠れているのならば見えないのも当然だが。
「なんにもいないじゃない。試しにほら、石でも投げてみたら?」
足元の小さな石ころを拾おうとするコロナを慌ててシュトーレンが止めた。
「こらっ、刺激したら襲ってくるかもしれないだろ!」
彼女は制止された理由がわからずきょとんとしている。
「そんなのやってみないとわからないでしょ?逃げるかもしれないし。」
危機感の無いコロナに必死に言い聞かせる。
「襲ってきたらどうするんだよ!蜂だってこっちが刺激しなけりゃ刺してこねえのと一緒だ!」
だが隠れている物の実態がわからない限り一緒とはいえない点をコロナは突いてきた。
「そういう生き物だってわかってたら話は別よ。じゃあなに?向こうが姿を現すまでじっとしてろっていうの!?」
コロナにも一理はある。だがシュトーレンはなるべく危険な方法は避けたかった。
「さっき気配を感じたんだ。様子をみるためにいつか顔を出すに決まってる!」
「いつ出すかわからない。ずーっと待ち構えているかもしれないでしょ!」
またもや激しい口論に発展する。
「ではこの場所を離れたらいいのでは…。」
ジャックは心の中でそう呟いては二人の醜態を呆れながら傍観していた。








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -