「………何よ、此れは…。」
安堵の表情を微かに浮かべていたツバキは信じられない光景に愕然とした。祈りを捧げた衆生は神の加護を受けるどころか理不尽すぎる報いをその身に受け、あちらこちらに横たわっていた。割れたステンドグラス、破壊された祭壇、そして見るにも堪えない亡骸。焼け焦げ引き裂かれた衣装は聖職者のものではない。きっと逃げることも困難な老人、小柄なものはまだ幼い子供、妊婦等が逃げたところをたまたま見つけた魔物に一斉に襲撃されたのかもしれない。
「……ッ、耐えるのよ…。」
そうだ。
せっかく見つけた逃げ場を我慢できる程度の理由で手離すわけにはいかない。鼻をつく異臭、吐き気を催す無惨な状態はかえってツバキに「こうはなりたくない」と生きる気力を少しだけ与えてくれた。
「兄様…榊さんは大丈夫なのかしら…。」
無意識に祭壇の方へ向かうツバキの足が、転がる遺体の一部を踏んづけた。
「ひいッ!?…もうなんなのよ、気持ち悪い!」
おさえていた感情が爆発したツバキは悪態をついては踏んだものを蹴った遺体のそばで、同じく俯せに倒れていた子供が顔をあげた。
「こわいの…もう、いないの?」
どうやら死んだふりでもして難を逃れたようだ。他にも祭壇の周辺に倒れていた数人の子供が体を起こすと次々と彼女の方に集まった。一人の女の子はツバキの足にしがみつき、涙でぐしゃぐしゃに泣き腫らした顔を隠す。反対側の足を男の子が泣きわめきながら力なく揺さぶる。安堵から皆、箍が外れたように各々の主張や要望を訴えながら集まってくる。
「おねえちゃんぼくお腹すいた…。」
「こわかったああああ!」
図書館には絵本が目的で訪れる子供も多く、扱いには慣れているはずのツバキもさすがに数人を同時に宥めるのには上々梃摺る。
「お腹を空かせいるの子もいるのね。でも食糧なんてどこにも…。」


「―美味しそうな臭いが…。」
閉じた扉の向こう、教会の外から女性と思わしき声が聞こえてくる。子供達は恐怖のあまり言葉もでなかった。
「誰?」
彼女の小声に応えるかのように、女性は話しかける。
「―ここにね…美味しいご馳走がいっぱいあるのよ…。沢山あるの…。」
「―私が全部食べるわ…私が全部食べるわ。」
女性の声は複数で、こちらの様子など気にもかけていない。お互いが会話しあっているだけのようだ。
「……あなた達は?」
ツバキの問い掛けに気付いた一人が応じてくれた。
「―人間がいるわ…。」
「―ほんとだ…まだここにいたのね…。」
残念だが答えにはなっていない。でも、粗方想像がついた。街のどこかに隠れて助かった住民か、運が良ければ国の兵士が駆けつけてくれたのかもしれない(それにしては随分とぐずぐずしているが)。外への気配に一層警戒を強めていたがその必要は無い。彼女は足元をよく注意しながら扉を開けた。


「すみません。私達にもわけてくださらな―…。」
そこまで言ったツバキの表情は「人だと思っていたもの」を目の前にして一気に凍りついた。

巨大な歩く花。それも五体。太い茎から生えた枝は触手そのもので、意思をもって動いている。れが魔物だということは見ても明らかだった。ただ、人の言葉を理解した上で対話できる物がいるなど予想だにしていなかった。そして察してしまった。食べ物などどこにも用意されていない。

「……私たちを捕食するつもりね。」
まさしく窮鼠。抗う術のない少女に今は何ができるのだろう。どうやって子供達を自分より遥かに巨大な化物から守り抜くか。しかし残念ながら抗えるだけの力もない。
「うわあああああ!出たああああ!!」
子供は隠れる場所を探すため走り回ったり、中には引き付けを起こしたり失禁したり、ついにはショックのあまり気を失う者まで出た。無理もないが、混沌をきわめているこの状況でツバキに出来ることは何もない。先程のように自分を囮にすることも難しい。
彼女に出来ることはもはや都合のいい神という存在に祈りを捧げるほかに無かった。いや、こんな理不尽な世界を創った神に祈ることはない。

せめて、誰でもいい。なんでもいい。
助けてください、と願った。



「どおりゃああああッ!!!!!」

突如、威勢のいい声が向こうから聞こえた。出入口に背を向け一人の子供を庇っていたツバキが振り返ると、魔物は縦に真っ二つに裂け分かれた半身はそれぞれ左右に倒れた。
「なんだよ、気合い入れたのに雑魚じゃねーか。」
漆黒の翼を広げ、左手に刃幅が5センチ未満の両刃剣を握ったサタンザがそこにいた。
「おねえちゃん…悪魔だ…。」
震えた人差し指を向ける。ツバキも彼が何者かさっぱり掴めなかった。黒い翼を生やした自分達と同じ人の姿。悪魔、というよりはもっと崇高な何かを頭に思い浮かべた。すると、葉が擦れ合う音がカサカサと鳴り始める。魔物が地を這う音だ。
「―貴様も我等の餌となるがいい!」
邪魔者を取り囲んだ魔物が一斉に襲いかかる。







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