男性の一報に不安の声が上がるも、じきに静まりかえる。よくよく考えてみれば、怪我を負ってまで外に出る人は身内にはいないだろうといった根も葉もない結論に辿り着いたからだ。ましてや単独の身であるティノや仲間と一緒であるレイチェルには縁もない話だった。
「…………?」
シフォンがわずかに反応してようやく顔をあげた。

「窓から外へ出たものと考えられます!行方不明は…レオナルド氏とユーマ氏。」
二人の名前に大半が期待を寄せた目を向ける。アドルフは溜め息をつきながら肩として男性に告げた。
「むしろ行かしてやった方がいいんじゃねえか?したっぱの兵士よりはうんと使える奴等だしな。」
とあるイベントで両者共体に負傷を負い、治療を受けていた。鍛え上げられた屈強な肉体を持つ二人だったからこそ軽傷で済んだのだが。強者の蛮行が力なき者の為ならば、勇敢なる行為と讃えられるものなのだろうか。
「私達が止めたって無駄よ。あの程度の怪我じゃあね。」
判断をくだす側ではないカルセドニーもあくまで自分の意見として述べると、忘れかけていたもう一人の行方不明者についても彼女が聞いた。
「あ、そうそう。行方不明になったのは三名なんでしょ。あと一名は?」
男性の目が泳ぐ。意を決して彼は言った。

「えー…名前は確か……シュトーレンだった気がします…。」
聞いたこともない名前にアドルフは首を傾げる。
「コロシアムの選手にそんな名前の奴いたか?」
戦えるだけの力が残っている者が二人に感化されて動いたのだと考えるのが今の流れでいえば妥当だが、コロシアムに直接関与しておらず選手の情報もろくに知らない彼よりはまだ、雑用で駆り出されていたカルセドニーの方が詳しいのではないかと尋ねてみたのはいいが。
「いや、居なかったと思うわ。誰そいつ。」
と、無表情で即答した。誰もが知らない名前だった。数名を除いては。
「選手とは限らねえわな。」
と、アドルフがひとりで納得すると。三人の会話を遠かれ、流す程度に聞いていたシフォンがゆっくりと腰をあげた。大広間にいるほぼ全員の視線を一方的に浴びるが、シフォンには三人意外完全に視界から消え失せていた。
「え、えぇ?ちょっとどうしたの?」
突然の事にティノは両者に小声で尋ねる。レイチェルも顔に困惑の色を浮かべている。
「シュトーレンて奴は…その、魔物の不意打ちにあって怪我したんだよ。」
「シュトーレン?誰だっけ…?」
再度質問をぶつけられるもレイチェルはそれどころではなかった。
「おいっ、シフォン…。」
座ったままの態勢では手首を掴んで制止するのがやっとだ。シフォンは前に進もうとした足を止める。
「ああ…あんたは、審判坊やじゃないの。」
カルセドニーはたいそう不思議そうに様子を眺めている。知らないのだ、彼がひとしきりここで暴れ、わめき散らかした所を。彼女は「律儀に仕事を務めていた」彼しか知らない。そんなシフォンは「冷静な仕事人」の面影など微塵もなく今は「身内を失い途方にくれる」人間的なただの人間だった。

「 Was soll das?」
シフォンの感情が昂ると癖ででてしまうドイツ語も、相対の国にとっては意味不明な言語にしかすぎない。カルセドニーは耳に手を添えて身をやや屈めた。
「ん、んん?なんて?」
アドルフも警戒を強め、低い、落ち着いた声で問い掛ける。
「お前の知り合いか?」
男性が横から入ってくる。
「そういえば、前にシュトーレンという男からシフォンと、アリスとえっと…エリンだったかな?三人が無事かどうかを聞かれたことがあります。」
その言葉にカルセドニーは立っている人物を指差した。
「アレがシフォンよ、コロシアムの審判を引き受けてくれたうちの一人。」
他に聞き覚えのある名前については、あえて触れることはなかった。そもそも興味がない。
「そんなことはどうだっていい!アイツは!!そんな奴らと違って力のない…お前らの言う一般民となんらかわりのない…僕の……僕の……うわ、うわあああああ!!」
とうとう理性の箍が完全に外れたシフォンはレイチェルのティノに羽交い締めにされながら手をせわしなく動かした。その様に怯えた子供はいまにも泣き出しそうだが、シフォンもまた同じだった。いくら煩く暴れてもここに連れてこられた時に比べると逆に弱々しく見えた。
「チッ…またかよ…。」
苛立たしそうに舌打ちをし、仕方なく彼を力付くで止めようとしたアドルフを止めたカルセドニーは手のひらを前に伸ばす。
「離せ!!僕が…僕が代わる!僕を外へ………あ…、くそ……僕…。なんで…。」
あれだけ喧しかったシフォンが突如気を失いぐったりと項垂れた。二人は吃驚して手を離すと、自分の意思で立てなくなった彼は膝から崩れ落ちてしまった。まるで糸の切れた人形に似ている。
「一時的に眠らせただけよ。そいつを第三病室に運びなさい。」
レイチェルが何を考えたかシフォンの腕を担いだ。
「連れていくぐらい手伝わせてくれないか?」
ティノも反対の肩に担ぐ。気持ちよさげに寝息を立てているとはいえ心理状態的に不安定なシフォンを放っておけなかったみたいだ。
「案内してくれるかな?」
冷静を取り戻した男性は三人がやっとついてくるのを確認すれば「こちらです。」と廊下の奥へ案内した。

「つーか大変じゃねえか!おい、セドニー早くそのシュトーレンとか言う奴を探しだして連れてこい!」
急に顔色を変えてアドルフは窓の方を指差した。外へ急げと言う意味だ。
「はあ?…自分の無力さも知らずに首を突っ込んだ奴なんかほっときゃいいじゃないの!」
カルセドニーは彼の指示に従わなかった。アドルフは周りを見渡してから耳打ちした。
「お前の意見には珍しく同意する。…が、立場上そういうわけにもいかないんだわかるだろ?行くふりで良い。給料増やすから、早く!」
声が漏れていなかったかもう一度見渡す。
「とんだ××××ね…!」
毒突きながらカルセドニーは急いで下の階へ向かった。










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