事情はどうあれ、余所者にしたら良い迷惑だ。まだこの事態が国一つの中で収まっている内だから言える事なのだろうが。

「……一体全体、何がどうなってるんだい。世界が滅ぶなんて大袈裟に言ってるだけだよね。」
ティノは空気を読んでかいつもより声の大きさを落として耳打ちをした。
「俺もよくわかんねえんだ。ティノと同じく、巻き添えを食らったようなもんだからな。こいつも。」
レイチェルにこいつと呼ばれたシフォンは返事どころか微動だにしない。世話を焼きたがる性分のティノはどうしても彼の様子が気になって仕方がなかった。
「シフォン君…どうしたのかな?お腹でも痛い?トイレ行きたいのかな?」
本人に悪気はないが対応が微妙にずれているので思わずレイチェルも緊張が緩み吹き出してしまった。
「ぶはっ、ちょ、ガキじゃねえんだからやめてくれよ。……ま〜その、なんだ。疲れてるんだろ。そっとしといてやろうぜ。」
ティノにもわかるように説明するには何処から話して良いかもわからず、今のシフォンに「アリス」の言葉を聞かせるには少々気が引けた。幸いにもティノはそれ以上追及することはなかった。

すると、廊下から金属を鳴らしたような足音が聞こえてくる。 目を凝らしたアドルフは若干顔をしかめた。
「げっ…よりによってアイツか…。」
現れたのはカルセドニーだった。手にはごつごつとした固形物をいっぱいに詰めた袋だかなんだかわからない形態になった帽子を片手に持っている。
「仲間から「隊長が見張りをしてる」って聞いたからどうせ力づくで黙らせたんだろうと思って様子を見にきてやったのよぅ。ったく…うわ、辛気くさっ!?なにこれ!」
想像以上だったのか、誰もが暗い顔をして俯いているものだからカルセドニーも驚きを隠せず素っ頓狂な声だけがよく聞こえる。
「仕方ねえだろ。脅してでないと大人しくなってくんねえし。というか、俺にも手前ってもんがあるからせめて最低限の敬語をさあ…。」
カルセドニーは聞く耳を全く持たない。
「ポチ!ハウス!!」
彼の目の前まで早足で歩み寄り、もう用済みだと手を払って追いやる。アドルフはまだ文句を言いたげだったが渋々彼女の隣に並んだ。二人のやり取りで場の空気が多少和らいだが、はたして隊長とは一体…。
「まるで美女と野獣だね。」
「美女と…ペットじゃね?」
ティノとレイチェルもひそひそと見たまんまを話し合っていた。

「えーっと…ごほん。外を見ても大体お分かりですが、とりあえずこの国全体が危ない状態におかされております。」
咳払いをし、カルセドニーが近況を報告する。どこか気だるげだが。
「ですが、近辺の国からも援助して下さる方が沢山いるのでそのー…まあ今皆さんのいる此処は大丈夫です。」
どうも煮え切らない態度に一人が癇癪を起こして怒鳴り付けた。
「大丈夫!!?そんな根拠、どこにあるってんだよ!!」
しかしカルセドニーは呆れ顔で相手の目を見据える。答えが返ってこないのに対し皆は次々と鬱憤を爆発させた。
「一向に良くなってねえじゃねえか!」
「つーかこんなときに女王様はどうしてんだよ!」
「そうだそうだ!!」
逆に業を煮やしたのはアドルフの方だった。
「うっせえ!!一国の女王様がちょろちょろ逃げ回ってると言いたいのか!第一…。」
カルセドニーが懐からホイッスルを取り出してやけくそに鳴らす。肺からの息を全部吹き込んだ音は大広間中に響き渡り更には反響したせいでとてもやかましい。特にすぐ側にいるアドルフは鼓膜でも破れたのではないだろうか。
「………………。」
咄嗟に耳を塞いだがその程度では防ぎきれなかったらしく、目を伏せかすかに震えている。鼓膜は無事だった。
「なんでここが無事なのかって言うとうちの可愛い部下が見えない城壁で外部の攻撃を防いでるわけ。…でも、兵士であるからにはお国さまのために戦わないといけないわねえ。」
だが、皆は「それがどうした」といった表情で彼女を見上げている。
「城壁を維持するには魔力が必要なの。なければ体力を魔力に変換することもできるけど、まあ…今この場所を誰が守ってんのか、考えたらそんな減らず口も言えないはずよ。」
そう説いたカルセドニーは大衆に目もくれず廊下の奥を眺めていた。
「ままー、おねえちゃんなにいってるの?」
「さあ…。」
子供は勿論、集まっている人のほとんどが魔法やらとは無縁の一般人であり、彼女の話を理解できても少数だろうが、わかる人は知識などなくてもおおよそ察しがついたに違いない。
「……いやいや、此処だけでも相当な敷地じゃないか?」
ティノもまたその一人だった。レイチェルは最初から理解しようとも思ってないようだが。
「ままー、おねえちゃんなにいってるの?」
わざと袖を引っ張って訊ねるレイチェルにティノの顔がひきつった。
「…こっちの台詞だよ…気持ち悪い。」
「気持ち悪いとかお前にだけは言われたくねえよ。」

なにはともあれ、場を落ち着かせることには成功した。その時、またも廊下から足音が聞こえた。白衣を着た若い男性がこちらに向かって全速力で走ってくる。
「たいへっ…はっ…大変です…!」
息を切らし、途切れ途切れの言葉で必死に何かを伝えようとするが届かない。カルセドニーの前まで小走りで駆け寄ると男性は膝に手をつき呼吸を整えるがそれさえも惜しむほど急いでるのか不安定な息遣いながらも事情を説明した。
「第一病室から三名が行方不明であります!」
せっかく静かになったのにざわめき始める。
「第一病室?」
カルセドニーがアドルフを振り返る。
「ああ。負傷者が多いからわけてんだ。第一は怪我人、第二は内部負傷者、第三は精神面の…説明は後だ。」
当然、連れてこられる人が全員無事だとは限らず怪我人も後を絶たない。そこで、この場所の空き部屋を利用し、避難してきた人の中に医者がいれば医療班と共に治療にあたってもらっているのだ。








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