――――。

「…………はぁ、なんてこった…。」
レイチェルは胡座をかいた姿勢で膝に頬杖を突き、ぐったりと項垂れていた。懶い気分は垂れ下がった耳からも明らかである。だが、この状況下に置いて彼にしては珍しく冷静な方であった。いや、今は皆も冷静にならざるをえなかった。

「………神よ…うぅ…。」
後ろでは宗教を他人事としか思ってなさそうな男がこの時ばかりと神頼みをしている。
「なぜ…なぜ娘が…かわれるなら私が…。」
少し離れた所からは自分ではない誰かの運命を嘆く女の声。
「ひっ…ぐすっ…お母さん…。」
「怖いよぉ…。」
遠くないところでは子供同士が何が起こっているかもよくわかっていない中で恐怖に怯えながら泣きじゃくっている。もし、先程の女性がこの子供らの親ならば寄り添いあい励ましてやる事も出来ただろうに。

数時間前の出来事。

相対の国の中枢にあたる「双璧の鏡城」と呼ばれる場所はおそらく一番豪勢な造りをした一番巨大な建物で、そこでは国中のお偉い人達が幾度と集会を開いては政治について話し合ったり、更には役場や様々な展示会など、民間への開放も積極的に行っている。故に二階の大広間も数百人規模は余裕で収容出来るように造られた。綺麗に磨かれた赤茶色の樹を並べた床を円形状に囲む壁には大きな窓がいくつもはめてある。大広間を貫く廊下を城の兵士が二人ずつ、行く先を塞ぐ。

今では避難所として使われており、自ら逃げてきた者や連れてこられた者の為に貸しきりとなっているが、徹底された兵士の監視下の中ではまるで牢屋のよう。そして人々はいざ状況を客観視出来る迄に落ち着くと一気に混乱に陥り、大広間は阿鼻叫喚の喧騒や兵士に対する怒号で溢れかえった。後から来た一人の兵士により鎮静されたが。

隣ではシフォンが体育座りで顔を伏せている。意外にもシフォンは、兵士の胸ぐらを掴みわめき散らすほど怒りに我を忘れる暴漢っぷりを見せた後、数人の兵士に取り押さえられ、やっと大人しくなった状態だ。
「……………。」
普段から行動を共に過ごしているレイチェルでさえ驚きのあまり唖然とする他なかった。常日頃、体裁を気にする素振りが目立つシフォンも時折感情的になる事がある。特に「ある少女」が絡むとより酷くなるが、今回は異常だった。
レイチェルも「ある少女」が心配ではないと言えば全くの嘘になるが、彼が先んじて激昂した様を見ているうちに「自分が冷静でいなければ」という反動に抑制されたのだ。


「ぐるるる…窮屈だ…。」
一人の兵士。大広間の奥で窮屈よりかは退屈そうにそれはとても大きな口を開いて欠伸をした。赤の女王の兵士なのかは真紅のマントと鎧の隙間から垣間見える同色の服から明らかだ。人間の体格、唯一露出している頭部はどこからどうみても犬そのものだった。真っ直ぐ立った小さな耳、長い鼻筋、茶色い毛並みに額には傷、青と黄色のオッドアイが特徴的だった。
レイチェルも他者を偉そうに言えない、でもこのような獣人は初めてお目にかかったのでものすごく斬新だった。
「…なあ、今なら逃げれるんじゃねえか?」
「バカかお前…見つかったら目つけられるぞ。」
前では極力声を潜めて話している。
「それによ…逃げるってどこに逃げるんだよ。」
その通り、ここより安全な場所は外にはない。
「…………アリス…。」
シフォンがなにか呟いてる気がするが、先程から何を聞いてもうわ言しか返ってこないのでレイチェルは無視をした。


「ひゃあ〜ちょっ、ちょっと待ってよ!!」
突如、重苦しい静寂になんとも間の抜けた声が響いた。全員が振り向かない理由はふたつ。ここに連れてこられる人は自分達と同じような窮地を救われたか命からがら逃げてきた者のみ。あとは、振り向く気力すらないほど精神がまいっているか。
「……ん?まさか…。」
数人は声のした方である廊下を振り向いた。レイチェルも同じく、いや、この声に聞き覚えがあったから反射的に振り向いてしまったのだ。
「僕はただ、偶然にもここにこんなタイミングで訪れてしまった僕にしか撮れない写真を…これは僕の使命で…あ、怪しい人じゃないぞお!うわっ!?ここは牢屋かい!?」
そこにはティノが泣きそうな顔で二人の兵士に引っ張られていた。ベージュのロングコートに首から一眼レフを提げて、抵抗はするものの腕を縄でしっかり縛ってあったティノ!?」
思わずレイチェルが声をかけた。ティノは救いを求める目でこっちを見る。
「ああぁ…レイチェル君、助けておくれ僕は今カメラを持った不審者のレッテルを貼られているんだ…心の友のきみなら僕の無実を証明してくれるよね?」
「変質者だぜ、ソイツ。」
心の友であるレイチェルに事も無げに見捨てられた上に余計に悪い印象を与えられた。
「へへへへ、変態の君に言われたくないんだけど!で、ここはどこ?彼がいるって事は…。」
慌てて反論するティノをよそに、後ろにぴったり付き添っていた兵士が犬頭の兵士に声を張り上げて聞いた。
「アドルフ隊長!!こいつどうしましょう!」
アドルフと呼ばれた兵士は暫し目を細めて凝視してから興味なさそうに言った。
「かめらってのは没収しろ。周りに危害を加えないようならそこらへんに放っておけ。縄もほどいて…いいか、まあ。」
「はっ。」
二人の兵士が息ぴったりの敬礼をし、縄をほどき、人と人を掻き分けながら何故かティノをレイチェルの隣まで連れていった後、仕事を終えた二人は何処かへと行ってしまった。


「……久しぶりだね、レイチェル君。」
馴れ馴れしく話しかけるティノに先程まで不愉快そうだったレイチェルもすぐに表情を緩めた。
「ははは、元気そうじゃん。て、なんでお前がこんなとこにいるんだよ。」
「ああ、それは…。」
そばにいたシフォンにも声をかけようとしたが、縮こまった姿勢が「僕には話しかけないでほしい」といった雰囲気を放っていたので触れないことにした。
「僕、新聞記者をやっているんだよ。仕事の関係で出張してたんだけど…。この様さ。」
苦笑を漏らし肩を落とすティノ。「この様」の一言で大体は把握できたと同時に彼にも同情せざるをえなかった。レイチェルだって元はただの観光が目的で訪れたに過ぎないのだから。ティノの場合は特に、自らの意思で来たわけではないのだったら不憫きわまりない。








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