―誰が、いつ、屈服したって?―
「……………?」
刹那、自分でも彼でもない声が頭に流れ込むが構わず鋭利な刃は。
「―――――…!!?」
一瞥もされず、ジョーカーの片手で軽々と受け止められた。ただ、おかしいのはそれだけではなかった。
「…ぐ、うっ…なんっだこの馬鹿力は…!」
ジャバウォックは重心を右足に、全身に漲る力の全てをその剣一点に集中させる。しかし、びくともしない。細く華奢な腕に、かすかに切り傷がある小さな手に難なく受け止められている。まるで岩に向けて斬り込んでいるかのような感触を生身の人体から剣を伝って感じているのだ。

「Guten Tag! (こんにちは)」
少し離れた後ろから、誰かが陽気な挨拶をかけてくる。
「くっ!!」
声のした方、後ろを振り向いたら「其処にも」ジョーカーがいた。目の前にいるのも含めればまさしく二人のジョーカーに挟まれている形になる。最初こそ急な展開に脳が場の情況を整理するのに時間がかかったものの自分のしていることを踏まえたら驚くことでもなかった。
「ほう。貴様も分身を召喚したか。」
所詮は猿真似にしか過ぎないと、ジャバウォックは体勢を立て直した。

「分身ではございませんよ!」
前方のジョーカーがそう言い放つと同時に立ち上がると懐から一枚のカードを取り出した。
「トランプ?」
彼が持っているのは魔術を行使する際に媒介として要する札などではなく、娯楽にしか使わないだろう用途の狭い紙切れ。描かれていたのは道化師の絵とjokerの文字。それを指に挟んでいるのもまたジョーカーなわけだが、やはりこの行動にさ仕掛けがあるのだと探りを入れた矢先の出来事。今度はなんの変哲もないカードが発光し、頭上に巨大な魔方陣が形成され、降下する。地に着くと消えて無くなった。はらはらと空に舞いながら落ちるのはカード、しかし描かれていたのはハートのジャックだった。
「お久し振りです、世界。」
魔方陣のあった地点、己と終始対峙していたジョーカーがいた場所には見たことの無い人物が片手を前に深々とお辞儀をしている。銀糸を思わせる細い髪をひとつに束ね、鍔付き帽子、全体的に赤を基調としたゆったりめの衣装に身をまとった青年。
「誰だ貴様は…ッ!?」
一瞬では相手を的確に分析するなど難しい。そう、相手が誰かもわからないまま青年の長い袖の中から勢いよく飛び出した長く尖った剣に胸の間を刺された。
「俺の名前はジャック。元、魔術師です。」
ジャックと名乗った青年は更に剣を押し出した。肺に溜まった血液を吐き出す度に喉、いや、全身が焼けるような熱を帯びる。
「がはッ…く…小賢しい真似を…!」
恐らくこれ程までの痛みを鮮明に感じたのは初めてだろうと記憶を巡らした。それでも人の体である以上もうもたないと察する。
「気が乗ったからネタ明かししよう。」
そんな瀕死のジャバウォックを視界に入れながら無視してジョーカーは誰からも求められてない解説を始めた。

「「仲間」を増やそうと私は…君と追いかけっこしている時、死者復活の魔方である「死を忘ることなかれ(メメント=モリ)」を別世界に向けて発動した。だが、まだなにもかもが不安定で定まってないままでは心許ない。」
道理でもう一人の存在に気づかなかったわけだが、ジャバウォックが驚愕している理由はそこではなかった。
「テレパシーで命令を送り、そこで君の「存在認識魔方」を模倣したものをこいつに発動。私と瓜二つの姿になった所で隙を見て入れ替わったのさ。わかったかね?」
つまりジャックは、こことは違う世界で復活し、加勢するようにと送られた命令に応じる意思を返すと、第三者の魔法で同じ姿になった状態で入れ替わったと言うが。問題はそこではない。
「…貴様、死んだ者を…それより、…対象が存在する事など…有り得ん…。」
皮肉にも立つ力もないのを貫かれた剣で支えられているといった無様を晒して尚もジャバウォックは確かめたかった。
まず、死者を甦らせる魔法など存在するはずがないと言われていた。
それと、存在を介入させる対象が生きているという事は世界の境を越えていたとしてもあってはならない話なのだ。でないと、意味がない。

ジョーカーは彼の聞きたいことは強ちわかっていたのだが、笑ってはぐらかした。
「神は生殺与奪にして常に人を超える。ははははは…なーんてね。」
「………………………。」
すると、ジャバウォックもつられて顔を綻ばせる。埒も明かなければこの身も今すぐに力尽きるだろうと感じたからだ。
「……まあ良い。貴様…いや、貴様等を倒すのは目的がひとつ果たされた時にでも構わん。その時は…有りの侭の力で臨もう…。」

ジャバウォックはそう言い残すと力の僅かを振り絞り、瞬間移動で撤退してしまった。剣にのし掛かっていた重みがなくなる。跡形もなく消えたが赤黒い水溜まりが先程まで確かにそこにいたのだという証明を残している。

「…おやおや?逃げてしまいましたねぇ。心底残念です。」
刃を直接受け止めた義手を開いたり閉じたりを繰り返しながら苦笑いを浮かべる。一方でジョーカーの顔から笑顔が消えていた。
「奴は人並に狡猾で冷静だが…魔物の血を宿している以上、本体は今頃好き放題暴れまわっているだろう。「それだけなら」良かったのだが…。」
深いため息を吐く。ジャックを素通りして彼は走馬鏡の前まで歩み寄った。

「厄介な事を…。」
ジャバウォックが立ち去った後も事態は悪化していく。一刻も早く修復する必要があるがまずは阻止しなければならない。何れにせよとても面倒なことになってしまったと疲れた表情を露にしたが悲観こそしなかった。
「…じゃあ、用済みの様なので俺のいた世界に戻りますね。」
自分を呼び出した者が指示した命令をとりあえず果たし、お互いに用事がなくなったとジャックもジャックですぐに立ち去ろうと出入り口に向かった。

「………助かった。」
と、後ろから小声で言われたちどまる。
「やめてくださいよ。貴方からそのような言葉を聞くだなんて胸糞悪い、反吐が出る。」
ところがジャックは眉を顰め随分な憎まれ口をたたいてから足早に去った。








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