―続、最果ての館―




大量の書架が構築する迷路のような狭い廊下を時には駆け回り、館の中心でありながら様々な世界との出入り口ともなっているか器「走馬鏡」がある中央部で剣戟を繰り広げたり…。余裕を感じさせる、お互いが戦いあうという行為に狂喜的な悦びをわかちあっているわけでもなければ鞘を捨て命を捨て負けは死に値する決闘でもない。前者と後者がぶつかっていたのだ。

「筆より重い物を持ったことがないのか?」
ジャバウォックは黄金の柄を持つ両刃の片手剣を軽々と振り回す。あまりにも洗練された動きは舞いを踊っているようで、無駄な力みが全く無い。それなのに相手への一撃一撃には刃が欠けてしまいそうな程、重い。だが本人は至って涼しい顔だ。
「神擬きが私の10分の1で作った分身に負かされようとは…笑止!」
「……くそッ!!」
鉄と鉄の衝突する音が鳴り響く。ジャバウォックの剣、通称「デュランダル」の刺突をジョーカーは間一髪で自分の護身用の大剣で受け止め一旦肘を引いては押し返した。反動で後ろに下がったジャバウォックが瞬時に間合いを詰め矢継ぎ早に攻撃を与える。上段、薙ぎ払い、袈裟斬り一定の力を保ってあらゆる方向から斬りかかる。ジョーカーはただひたすら剣を盾にして防御に徹した。
「否、本来の力をまだ出していない。貴様が本気を出せばこの私も容易く倒せるだろうが…。」
技と呼吸を乱すことなく刀剣を振りながらジャバウォックは続けた。
「そうすれば此処の本の大半は跡形もなくなってしまうのだろう?」

不適な笑みを浮かべたら合図だったみたいに持ち手を変え同じ攻撃で一方的に攻める。ジョーカーの疲労はそんな隙でさえ突くことが出来なくなるぐらい五感を鈍らせ、彼の言葉が自分の核心を確実に突かれ思考が僅かに停止した。腕も思ったように俊敏に動いてくれず、今度は防御から回避に切り替える。
「…ただの本ではないことを下界の者が知っているとは、はたは私の下僕が口走ったか…。なら貴様こそ、何故この様な焦らした戦いをするのだね。」
息遣いも荒く言葉も途切れ途切れだが普段からやたら動きながら喋る癖があるのでそこは慣れているのだろう。そう、ジャバウォックは世界を破壊する力、ジョーカーは反対に世界を創造する力と相対すれどとてつもない力を持っているにも関わらず、今は人体が後から吸収した既存の技をぶつけているだけ。
しかも、ジャバウォックが本体の一割の力しか出せないなら雲泥の差。

ジョーカーが手を出せないのはジャバウォックのいう通り。本に見えるものはジョーカーか管理している数多の「世界」そのものの根源でありながらそれらに傷をつけられたら物理的な修復ではどうにもこうにもならないのだ。もっぱら、ジャバウォックが周囲に気を配るなどおかしい話だ。
「焦らされるのは嫌いか。」
斜め下に剣を払いヒュッと軽い音をたてて空を斬る。しかし数秒経っても次の攻撃に出てこない。
「…………。」
それには答えず、ジョーカーは切っ先を目の前に向けながら一層警戒心を強めた。あえて隙を狙わないのは相手が何かしら語る様子に入ったのを察したからだ。

「貴様を倒す…それは真の目的が果たせたら二の次でも構わない。部下の一部を含めた皆は勘違いしている様だが、私の目的は世界征服とは似て非なるもの…。」
視線で周りの本棚をぐるり見渡す。どの本棚にもところ狭しと詰めてあるが統一性はない。
「危惧せずとも、人類鏖殺は相対の国及び昔の大戦に加担した諸国にしか及ばない。」
「余所者もかね?」
すかさずジョーカーが質問を投げる。つまり、たまたまこの時訪れてしまった余所の国の人々はどうなるのかと問うたがジャバウォックは鼻で笑った。
「運が悪かった、とでも言っておくかな。そうとて常に貴様はその手で人をさながらチェスの駒のごとく…おっと。」
自らが問いかけた上で成り立った話の途中だと言うのにジョーカーは右足を前に滑らせ手にした刃をジャバウォックの喉仏に向けて突いたが一瞬の殺意を素早く察知したジャバウォックが一歩後ろに引いたため寸土めで終わった。ジョーカーも避けられることを予測していたようだ。

「かの私も神に弄ばれし駒に過ぎず、絶対の運命にも逆らえなかった。」
当時のまだ無力だった自分を思い出すと自嘲を溢してしまう。独り言のように呟いた声は相手に聞こえなかった。
「…異世界からの存在を確認した時、私は確信した。世界と別の世界を分ける境界線は案外脆いものだと。それでも個々の違いを一方が受け入れられない理由が「住む世界が違う」からだとしたら。」
余裕すら感じさせる涼しい表情で刃を片手で包んだ。そして。

「そんな違いなど無くしてしまえば良い。世界は…一つであるべきだ。」
恰も聖人の如く高説を論じるかの様にジャバウォックは親指と人差し指と中指で、剣を折ってしまった。
「…………!!?」
さすがのジョーカーも驚愕を隠せずにいられなかった。指三本から全く力を感じなかったのだ、まるで木の小枝でも折ったみたいに。
「……随分な極論だな。」
使い物にならなくなった剣は光の粒子となり分散して消えた。手持ち無沙汰になっても尚、ジョーカーにしては珍しく誰から見てもわかるぐらい明らかさまに憤怒を露にしていた。元々目付きが悪いのが更に険しい表情を作る。
「すべての者が互いを享受出来るとは思うまい。己と異なる真反対の思想、嗜好を持つ者を簡単に受け入れることが出来るのかね?優劣もある。不可能が可能、可能が不可能になることもある。だから世界は…。」
長々と諭す。だが、ジョーカーがある気配に気づき後ろをふりむいたことにより中断されてしまった。

「……気の…せいか?」
と言いつつ、相手に背中をくるりと向けては早足で走馬鏡の方へ歩み寄る。
「……………。」
ジャバウォックは動こうとせず彼の急な態度の変化にほくそ笑む。水溜まりに油が流れた時に似た歪な極彩色の模様をゆらめかせる走馬鏡にジョーカーの指が触れる。
「なんだ、これは。一体何が起こっている………、まさか…!?」
「ククク…その、まさかだよ。」
狼狽する様をこれまた愉快と声に出して笑ったがジョーカーは聞いちゃいない。走馬鏡を覆う謎の靄をどうにかして払うべく鏡の所持者である彼は命令を下した。
「鏡よ鏡、異変が起こっているうちの可能範囲を映し出せ!!」
走馬鏡はジョーカーの言葉に従い虹色の靄を消し去った。この靄は走馬鏡があまりの異常事態にちょっとした混乱(今風で言うならバグ)をお起こした時に見られる現象だ。次元を自由自在に操れる走馬鏡が異常を訴えるのは余程の事ではあるが。鮮明になり、鏡の向こう側に映し出された光景にジョーカーは絶句せざるを得なかった。









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