何を考えたらいいか?
何を考えるべきか?
「……母さん!母さん…!!」
まず頭に浮かんだのは彼女を突き刺している矢を抜くこと。しかし、本当にそんなことをしていいのか、その方法で彼女は助かるのか、抜くか放置するかのどちらが身体を支配する痛みは大きいのか。何をするにも「正解」の確証がなければ行動を躊躇ってしまう。
「……琥珀…。」
「あっ…母さん…。」
覇気が微塵も感じられない糸のような細い声ま耳をよく欹てないと聞こえない。というより、彼女の声を聞くことが自分に出来る最優先の行動だと思った。
「…結界は…あともう少ししか…もたない…そのうちなら…逃げ……。」
またも俯いて激しく咳き込むと先程より倍の量の鮮血を吐き出した。位置的に肺には至らないものの内臓の一分を損傷しているのかもしれない。
「あともう少しって…。」
それ以前にビバーチェが信じたくなかったのは、「あともう少し」の言葉だった。肩に添えられた手から段々と力が抜けていくのを感じる。
「何言ってるの?母さん…逃げるって、母さんがいないの意味ないじゃない!!」
とりとめのない不安と込み上げる絶望に声も手も震える。おさえようと歯を食いしばっても今度は歯が奥でガチガチと音を立てながら震える。
「白妙も…全て終わった時に、母さんがいないと…ねえ、母さん?逃げるなら一緒に!!」
だが…ここまでもっただけでもたいしたことなのだ。耐え難い程の苦痛に蝕まれているはずなのに、最期が近付くにつれスチェイムの表情はとても穏やかで、それこそ「子供を見守る優しい母親」のようだった。

そして、もはや虫の息で彼女は言った。
「……自由に……いきなさい…。」


―――……。
支えていたスチェイムの体から力そのものが抜け落ちてずしりと重みを増す。もう足で二度と立ち上がる事はない。
笑顔混じりの実に心地よさそうな顔は眠っているなかと思うぐらい。でも、息はしていなかった。
嗚呼、もうスチェイムは死んでしまった。
なのにどこを触れてもまだ温かいままなのが現実を認めようとしていた心を揺さぶる。

何故、本当に大切なものは失ってから気づくものばかりなのかなど悔やんでも後の祭り。

「………………。」
ビバーチェはスチェイムから勢いよく引き抜い弓を投げ捨て、そっと仰向けにして置いてやる。わずかにふらつきながら一歩前へと踏み出した。俯いている為、様子をうかがえない。無言。今の流れではビバーチェの態度はどうも不自然だ。
「……あやつ………。」
一連を傍観していたフィエールは、急に血相を変え、その場にいる全員に聞こえるよう腹の奥から絶叫にも近い大声で指示を出した
「緊急指令!今からこれより全員撤退!!」
当然、疑問があちらこちらから湧いた。
「なんでですか隊長!」
「今ならまだ隙が!」
フィエールもこの指示は咄嗟に判断したものだが、故に無駄な時間を食っている場合ではないと同じ声量で続けた。
「魔力が爆発している、このままでは我等は全滅だ!詳しいことは後で話すから…!!」
その時、前触れもなく前方から視界を覆うほどの炎を纏った巨大な塊がフィエールめがけて放たれる。
「清き原泉に住まう精霊よ、我に力を与え給え…水精霊<オンディーヌ>!!」
遅れをとらずフィエールはすかさず右手をつき出すと呼ぶ声に応えた如く目の前に青白い魔方陣が現れ見事に炎を打ち消した。
「魔力に微量の変化もない故不覚を…なんだ、と?」
次のとある魔法を発動しようと向き直れば、そこにいたのはビバーチェではなく。眩い光を全身から発している人の形をした何かだった。それは一秒ごとにゆっくりと膨張するにつれ、人の形さえも曖昧になっては完全に違うものになり。
「………まさか、アレは…!」
兵士の一人が腰を抜かす。皆が戦くのも無理はない。やがて、数メートル程までに巨大化した物体から光は消えた。それは、所謂鳥で体毛は美しい黄金色に輝き、羽と鶏冠は真っ赤な炎を自ら灯している。鳥と似ていながらも鳥とは言い表せない化け物は確かに見たことがあった。伝記だが。


「ギャアアアアアアアアアア!!!」
化け物は獣の鳴き声で吠え叫ぶ。咆哮が、木々や空気を震わせた。もう、人としての姿形など何処を見ても無い。
「フィエール隊長…!まさか…。」
「ああ、大戦時に諸国を一瞬で焼け野はらにした魔王に次ぐ力をもつ化け物…当時の人はジャブジャブ鳥と呼んだが…。」
化け物は待ってくれない。大きくひらいた嘴から炎が渦巻きながら形を成していく。彼女の呟いたそれは先住民がつけた名称に過ぎず、異形の者に決まった名前はない。
「ひぃ…このままでは我々がしゃぶしゃぶに…!」
「なるわけないだろ!焼き鳥になるのがオチだ!」
ふざけているわけではないが兵士のセンスの無い泣き言にフィエールが喝を入れる。
「戯言抜かすな愚か者!…高次元魔法第四の界!」
直後、空に十字を指で描く。するとほんの一瞬で全員の姿が消えてしまった。
高次元魔法とは次元を操る魔法で、現在では一から四の段階まである。四の界は即ち「点、線、面」の他に「時間」の軸を含めた四次元を操作することが出来るが、簡単に言えばフィエールは皆を連れて瞬間移動したのだ。



「―――――……!!!」
気配が、人が、獲物がいなくなる。最高まで高めた火球はそのまま放出されさ空に伸びるほどの背の高い巨木に次々と紅蓮の衣を被せていった。火の粉と濁った色の煙がはやくも朦々と舞い上がる。

「―……許サナイ…我…幾度罪ヲ犯ス者…穢レタ輪廻…断罪…浄化……―。」
もう「彼女」から人としての理性も、内なる激しい憤怒と憎悪の炎で燃やし尽くされてしまったのかもしれない。しばし、獣の高らかな鳴く声がひっきりなしにこだました。










「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -