確かに、彼女が陶酔する理由もわからなくはないし全面的に否定することはスチェイムにはとても出来ない。
でも、違う。それならわざわざこのような争いを起こす必要はあっただろうか、いや無い。ビバーチェが本当の意味で慕っているのなら気づかせてあげなければならない。
―彼の復讐に利用されているだけだと…―

なのに、何故肝心な事を言い躊躇ってしまうのか。
「あの方はお前の何を知ってるんだい?自分に従順なお前以外の何を!!」
目を覚まして欲しい、その一心が臆病な自分の中で逸る。でも、何処かで制御がかかっている気がした。もどかしさが過ぎて気持ち悪い。しかし。
「うるさい、所詮他人の分際で…ッ!」
ビバーチェの感情任せに吐き捨てた一言に箍が外れた。
「――――……!!!」

そんなことはない。と言うより先にスチェイムの手が動いた。
緊張感を凝縮した空間に鳴り響いた頬を強くひっぱたく音。掌、または赤い痕を残した顔の左、そして何より不安定になりかけた心を大きく揺さぶった衝撃。何をしたのか、されたのか、お互いが疑い始める。
「………。」
しばらく時間が止まる。その数秒は思考の整理がつくには十分だった。
再度肩を掴んでは力強く揺さぶる。我に返ったビバーチェはようやく正面を向いたものの生気の失った顔はまるで先程とは別人のようだ。ひび割れた心の亀裂を、もう二度と味わうことのないはずだった母性愛が埋めていくよう。それをよくないことのように感じたビバーチェは目を逸らした。
「孤児のお前を幼い頃からずっと育てずっと一緒に過ごしてきた…。琥珀が私をどう思おうが構わないが、私にとってお前は大事な大事な娘…。」
お構いなしに続けられるとこれ以上は否定できなくなってしまうぐらいには精神がぐらつく。かろうじてビバーチェは虚勢を張って意思を保とうとした。
「やめて!なにが…なにが大事な娘よ!親なら少しは私を信じてよ!余計な心配すんな!!」
こんなことを言いたいわけではなかった。なんでもいいからこの場から引いてほしい、その為ならどれほどの罵倒もいとわないつもりだった。
「娘を心配しない親など何処にいるというの!!」
「…………!!」
ついに何かが自分の中で木っ端微塵に崩れ落ちてバラバラの破片となった。その何かを他の何かで例えるとしたら「殻」。見栄を張っているうちに、強い力を生まれ持った自分を鼓舞するうちに威勢が勝手に先走りしていて、いつしか弱い部分をそういったもので形成された殻で隠していたのかもしれない。

本当は誰かに依存するほど自分に自信なんかない事を拒絶した。
本当は誰かに甘えたかったけど恐怖した。
本当は利用されているだけと知っていても否定した。
そういや心配されたことあったか、それは覚えていなかった。
でも幼い頃の、ごくありふれた普通の家族として過ごしてきた日々を忘却した。
はずなのに、出来なかった。
過去に嘘はつけない。
ただ、忘れていたのは事実。自分が本当に大切にすべき者はもっと身近にいたことを。

「………母さん…。でも……。もう…遅いよ…。」
肩と声が弱々しく小刻みに震える。ビバーチェはもう、いくらここで彼女の優しさに赦しを貰っても前と同じ日々に戻れるかどうか。戦意を無くした途端、恐怖心が一気に込み上げてきた。心情を察したスチェイムは細すぎるか弱い腕を背中に回し身体を抱き寄せると、いつも以上に掠れ君の落ち着いた声で囁いた。
「大丈夫よ。まだ大丈夫…。私達が無理する事はないの…もう一人、白妙を探して…そして逃げよう…。」
白妙とはビバーチェと同じ頃からスチェイムの元で暮らしていたアレグロの事だが、今頃何処で何をしているのかは掴めていない。
「母さん…。」
スチェイムの提案には多少の抵抗があった。まさか、同胞が命懸けになりながら戦っているのに自分達だけ逃げ回るなんて。
けど、迫害を受けたのは「こっち側」。安穏を許されたっていいんじゃないか。そうとも思えてくる。

裏切ったわけではない。なにもしてこなかったわけでもない。だから望む世界が訪れるまで待ったっていいんじゃないか?

ひとつの新たな決意が決まろうとしていた、その時。わずかな衝撃が触れる体越しに伝わる。
「……う、がはっ…。」
突然、スチェイムは顔を埋め咳き込み始めた。
「母さ…、ママン!もしかして、喘息………。」
喘息を患っていたスチェイムは普段でも発作を起こすために対応には慣れていた。とりあえず背中をさすってあげようとまず右手を伸ばす。
「…………………。」
丸みのある、それでも薄い背中にはあるはずのない突起物に指が触れた瞬間に、考えることができなくなった。
指先や爪で形をなぞる。肉に食い込む鋭利な固く冷たいものと細いもの。これは…この形は弓矢のソレだった。
「………え……ママン…か、母さ…ん?」
ビバーチェの声には反応したかゆっくり頭を上げる。さっきは喘息ではないことが、顎回りを濡らす赤い飛沫を見ると一目瞭然だ。貫通こそしていないが、確実に矢は彼女の肉体を刺している。
「誰であるか!私の命令を待たずして行動したのは…!」
フィエールが鬼の形相で周囲を見渡す。どうやら彼女の指揮ではないらしいが正直耳に入ってこなかった。特定はまだ出来ないものの、スチェイムの結界が一瞬でも弱くなったのを察知して隙を狙い攻撃した。それぐらいしか考えられない。いや、何も考えられない。








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