「肩を貸した白のポーンは突如気でも狂ったかの様に敵味方の区別なく襲い始めた。他にも数件…。医療班と魔術師の協力により正常な状態に戻った彼奴等は口を揃えて同じことを口にしたのだ、わかるだろう。」
わかるもなにも、全ての元凶は自分なのだから。しかしビバーチェも迂闊であった。まさか人体に染み込み中枢神経までをも冒す禁術を解除できる魔術師は昔は存在しなかった。
「皆、ある一人の女に会ったのだ。特徴を並べると貴様に当てはまる。」
「…………。」
人違いだと屁理屈を言うことも出来ただろう。だが、もう潮時だろう。人目に隠れて行動するにもすっかり興醒めしてしまった。

「尚もまだ人違いだと言いたいなら…。」
腕を真っすぐ伸ばし手のひらを翳すフィエールにビバーチェは「やれやれ」と苦笑いで両手を顔の上にあげて所謂降参の意を見せた。
「オーウ参ったネー、ばれてしまってはしょうが無いデース。」
と首を横に振りながらとうとう背は後ろの樹にぴったりとついた。数人の兵士は動揺を抑えられない様子だったが、フィエールは鋭い眼光を宿した真紅の双眸を瞬きもせずに睨み続けている。
この期に及んで降参するはずがないと読んだからだ。そして彼女よ読み通り…。
「……なら、ここにいる奴等を焼き殺してしまえばオールオッケーてことデスネ!」
手を腰にあてて清々しいほどの爽やかな笑顔で途端に前方を見据えた。只ならぬ危険と膨大な魔力の上昇を察知したフィエールは待ったなしに先制攻撃の命令をくだした。

「前衛A、一斉攻撃!!前衛C援護射撃!!!」
フィエールの指示に従い一丸となって動き出す。前方に配備してた前衛は弦がぎりぎりと音を立てるまで弓を引き、最大限の力で放たれた矢は目にも止まらぬ速さで空中を真っ直ぐに滑る。一方ビバーチェの後方からは鉄製の矢が滑らかな曲線を描きながら頂点に達すると雨の様に降り注いだ。
両隣も既に戦闘態勢に入っており、順調にいけばある程度の負傷は与えられるとフィエールは見込んだ。逃げた先には剣戟が待ち構えている。
まずは間接攻撃で追い込み、挟み撃ちだー…。
「フン、他愛ないワ…。」
余裕の笑みと体勢を崩さず様子見していた。矢が一気に距離を縮めた刹那。

「……あ、あれ?」
異変に真っ先に気づいたのはビバーチェだった。向かい来るはずだった矢が全て、光の粒子と化して消えてしまったのだから。
「構わず攻撃を続けよ!」
気の焦りから上擦った声で命令すると、指示を待っていた兵士は先程の攻撃を繰り返す。
「どういうことだ!いくら打っても消えるぞ!?」
何が起こっているのかわからず殆どの兵士達は激しく動転する。急いで情況分析をはかるも不思議な点がひとつあり、フィエールを悩ませる理由となった。それは、ビバーチェも目を丸くして矢が消えた方を眺めている光景だ。フィエールや軍の魔術師はまだ行動を起こしてない。だとすればビバーチェ以外に誰がこんな奇怪な現象を起こすことができるだろうか。
だがビバーチェは見覚えがあった。
だから尚更驚きを隠せないでいた。
「……この術は…あの人の…。」
案の定ビバーチェの察した通りの人物が木陰の後ろから姿を現した。場に合わない着物に似た長い服にまとわりつく枯葉、安定しない地面をヒールで歩く。こちらへ向かって。

「琥珀!こんなところで何をしている!!」
薄化粧が映える端整な顔立ちが酷い形相に歪む。兵士の群れを意地で掻き分けビバーチェの元へたどり着いたのはたった今ここに瞬間移動してきたスチェイムだった。顔半分を覆う布が無い。
「ママン、やっぱりこの術はママンがかけたのデスカ。」
つまり今は透明の結界が張った状態にある。が、そんなことはどうだっていい。守ってくれたとはいえ、自分に味方するわけでもないならのただの邪魔者にしか過ぎない。
「全く、邪魔者しないで…。」
スチェイムは機嫌を損ねそっぽを向くビバーチェの肩を掴んだ。
「一方的に狙われてたのはアンタじゃないか!!」
滅多に聞くことの無い力強い声。至近距離だとやはり煩いわけでビバーチェもまた互角の声を張り上げる。
「うっさいネー!ワタシはワタシでちゃんと作戦とか考えてるんだからほっといてヨ!」
理不尽な怒りが体の中を熱くする。それに、人間を敵とする同じ志の持ち主なら邪魔をする理由がまったくもって見つからない。
「私の娘が酷い目に遭おうとしているところを見過ごせる母がどこにいるの!?」
「――……!!」

私の娘ー…。
縫い物の途中誤って指に針を刺した時の痛みとも言いにくい刺激を胸の奥に感じた。
―こんな時に、卑怯な…―
と、脆くなりかけた心を強がりで上塗りした。
「血の繋がらない他人が母親面してんじゃないワ!ムカつく…。つーかこれはスチェイムめ含めた私達の為もあるのよ!?」
頭に浮かんだのは争災いの禍根だった。
「偉大なるジャバウォック様は我等の為を想い…そう、人ならざる者だけの世界を築こうとしている。崇高な思想を成就するには人間は邪魔なの…。」
さっきまで刺々しい態度が一変、表情が愉悦に綻ぶ。
「ジャバウォック様はワタシにだけ思想の裏の想いを教えてくださった…ワタシにだけ他の雑魚とは違う命令を下さった…あの方は…ワタシを誰よりも信じてる…。」
恍惚と潤んだ瞳にはスチェイムのぞっと血の気の引いた顔もフィエールの一際険しい視線も映らない。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -