―場所「旧教会跡」―

旧教会跡。一見は辺鄙な森にしか過ぎないが、かつて其処にはこじんまりとした佇まいの小さな教会があった。中央部にはもっと大きな教会があったと聞くが、遠く離れた部落に住む人が自分達の力で建設したものだ。しかし、神に見放されたとでも言うべきか間もなくしてこの森で起こった大規模な山火事が発生。十数人の必死な消火活動では教会の全壊は防げなかった。現在、緑に生い茂る地面を見たら相当昔に起こったのは明らか。当の件を目の当たりにした者も多くない。


「………。」
腰に手を当てて無表情で眺める。
彼女もまた大昔に、破壊王と共に封印された。しかし、最後の最後に激しい抵抗を見せた彼女はその精神面の強さから封印の力を半減させるに至った。…後にビバーチェは後悔することになる。
意識だけは覚醒したまま封印された状態で途方もない悠久の年月を過ごしてきた。これならまだ、皆のよう眠った方がまだマシだった。

だが、ビバーチェはテレパシーや透視(全ての対象に効くものではない)を駆使して外界を己の思う通りに操りながら時代ごとの情勢を常に把握していたのだ。教会が跡地になった由縁も然り。感慨深く呟いた。
「ミーが居た時はまだ無かったのに…ねえ。」
知らない間に知らない物が造られ知らないうちに消えてなくなる様を。長い時の中で何度も何度も見てきた。記憶を跡形もない程に弄くり返されるような気がしてなんとも複雑な感情にとらわれてしまう。
「やれやれ…ん?」
物思いに更けていると少し距離のある所に人影を見つけた。白の女王の軍服に身を包んだ見る限りまだ若い兵士が武器を持たず樹にもたれてぐったりと項垂れている。衣服に汚れもこれといった乱れも無い。
「………………。」
既に事切れた屍なら素通りしたものの、肩がゆっくり、上下に動いているのが目を凝らしてようやく認識できた。どういった状態かは伺えないが、息がある事だけは確かだ。
「…ふふっ♪また見つけたわ。最高のカモを。」
と、上機嫌に顔を綻ばせては足音を潜めて忍び寄る。
最高のカモ。
ビバーチェが特に抜きん出ているのは「知能」。力でひたすら捻り潰す本能的な魔物とは違い彼女は非常に計算高く狡猾な策士として効率よく完璧に遂行していった。

そして、人間の状態で使える力はテレパシー等といった超能力じみたものともうひとつ。対象の思考を支配するというもの。「ああいった」者や油断をついたり色欲で惑わされた兵士一人ずつに「味方も全て敵だ」、「誰彼構わず皆殺しせよ」と念を送る。するとどうだろう、かけられた者はただひたすら敵も味方も関係無く殺戮する事だけしか考えられなくなる。 身内同士が争いどちらかが勝手に倒れてくれたらこれほど都合のいい事はない。更に軍の統制も乱れる。

ただ彼女がその気にならずとも一ヵ所に集まった敵を一網打尽にすることは容易いこと。でも目立ってしまえば行動範囲が狭まってしまう。「人類鏖殺」が目的なら回りくどくてもいい、こうして味方をより有利な方に導くのもまた手の内である。 
「さっきのケモノ娘のようにうまくかかってくれたらいいんだけど…あんなに弱ってるんだもん。杞憂ね。」
そう呟きながら兵士の前にしゃがみこむ。至近距離にいるのにも関わらず気配に気づかないわけがない。もしやこれは深い眠りに落ちているのか。呼吸も安定していた。
「あら…お馬鹿さんだこと…。」
術をかけるのに必要な行為である口付けを一方的に交わそうと二人の間の距離を縮めつつ顔を近付けようとしたその時。


「馬鹿なのは貴様だ!破壊王の下僕ッ!!」
空間を満たす静寂(しじま)を切り裂く怒号の如し張り上げた声が森に響き渡り木霊した。
「な…何処にいる!?」
瞬時に警戒を露にしたビバーチェが声の主を探ろうと周囲を見渡したが…誰もいない。
「そいつは囮だ!」
次の瞬間、樹と樹の狭間の景色が捲れ落ち同じ景色と一緒に現れたのは隙間なく取り囲まれた人の壁。兵士が背凭れとした樹を中心に半径10メートルを弓矢と盾を構えた前衛、その後ろを剣や槍をもたせた後衛。数人疎らに魔術師を混ぜた総勢100名程の兵士が円形状に完全包囲していた。ビバーチェと面と向かった位置に立っているのは、実際に罠を仕掛けた張本人で白の女王の側近ながら軍の指揮を任されている騎士の一人、フィエールである。

「「幻覚結界」に引っ掛かったようだな。その兵士もまたまやかしである…。」
冷静にフィエールは状況を告げる。ビバーチェが振り返ればもうそこに人は居なかった。
「…………。」
暫しビバーチェは万事休すの危機を打破し、自分に有利な方へ導くために何か策はないかと思考を練る。眉間にシワを寄せては難しい表情を浮かべていたが、思いの外すぐに閃くと眉尻を下げ瞳を大袈裟に潤ませ「弱々しい少女」を顔や仕草で演じた
「…そんな酷いわ。私はただの人間よ。魔物の手から逃げていたら見つけただけ…こんな所で寝ていたらいつ敵に襲われるかわからないから起こしてあげようと思って…。」
多数の目に移ってなければビバーチェの行動は誰にも見られていない。故に、彼女が魔物だという根拠も無いはず。

「ああ、私も兵士に肩を貸されているそなたを初見した時は非力な人の娘、そう思ったで候…。」
と語るフィエールの顔には後悔と無念か滲む。







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