我欲の為に身内を裏切ったとしても、少女が味方とのたまうのはヘリオドールを含む人間。彼等にとって人間は全てにおいて仇を成す存在ではなかったのか。
「兵隊さん?じゃあ貴方達人間はなんのために今戦っていらっしゃいますの?」
聞きたい疑問が浮かんだ矢先に少女に問いかけられてしまった。こっちは迷わずに答えられるというのに。
「悪いけど君達を倒すために…。」
「ノン!それはなんのために?」
少女は前屈みになって一気に顔を近付け、大きな目で睨まれるとさすがにたじろぐ。その上まさか追求されるなんて想像だにしていなかったので返事に詰まった。
「……えっ…へ…守るために?平和を…守るために、かなぁ。」
すると青年は鼻で笑う。綺麗事を並べた漠然とした答えでも咄嗟の間に絞り出したものを明らかに人を小馬鹿にした表情で返されると自信喪失してしまう。
「根本的には私達も同じですわ。残念ながら、多くの魔物は昔に根付いた敵意と本能的な闘争心に駆られて行動しているだけですけれど。」
姿勢を直して背筋をぴんと伸ばした少女は腕を組み目を伏せては淡々と語る。まるで他人から興味のない聞いた話をそっくりそのまま別の誰かに話しかけているように見受けられる態度からは少女が「同志以外は仲間ではない」と謂わん冷めた人物だとうかがえた。ふと青年を見遣る。
「………………。」
指で鼻をほじっては上の空。こいつは論外だ。間抜け面な彼を完全に無視して少女は話を続けた。
「でも、貴方達人間だってまるで憑き物に憑かれたかのように、出来の良い絡繰り人形のように…それこそ本能的に敵を殲滅しようとしているじゃないですこと?」
少女の一言でヘリオドールの薄々感じていた胸中は確信へ変わった。
そうだ。敵に向かう様は猛り狂う獣そのもの。平和を守るなど口上に過ぎない程、彼等の瞳は支配欲に燃えていた。自分の欲に忠実なカルセドニーも含め女王の側近もきっと死に物狂いで敵と対峙しているはずだ。お互いが血を血で洗い屍を礎にして築いた柱に見せしめとして敵の四肢を縛り上げる光景はまさしくこの世の地獄を具現化しているもの。
「…………。」
なんという滑稽な事だ。これではまるで。
「人が人じゃなくなるみたいな…。」
「ノン!それ以上は言ってはいけませんわ。」
少女はすかさずヘリオドールの言葉を遮る。
「人間モ馬鹿シカ居ナイミテーダナ。」
「お前は何も言うんじゃないぞ♪」
青年に対してはにっこりと微笑んで発言自体の権利を奪った。その笑顔にもやや影が落ちてなんとも言えぬ威圧感を醸し出していたがヘリオドールに向き直るとすぐに真剣な眼差しを向ける。
「その中で貴方は異端に見えましたの。」
彼女の言葉の意図が全く掴めなかった。ヘリオドールが問おうとする前に少女が付け加える。
「初めてお目にかかった時から貴方は…並みの人間も敵わない力を持っているにも関わらず戦意がほぼ感じられない。魔物に果敢に挑むも相手にとどめを刺す事までは毛頭考えてなかったんじゃないですの?」
――――……!
「あの時」はただ、そこには自分達に害をなす恐れを危惧して体が先に動いた故に当時の思索を想起するのは難しいが、改めて第三者に言われると案外図星だったりする。
「………僕がどれだけ強いかなんて知らないし、そんな力を持ってたとしても僕自身こんなんじゃなんの意味もないよ…。」
乾いた笑みが溢れる。強い力は彼の戦意に結び付かない。つまり宝の持ち腐れだと言いたいのだが、少女は歩み寄り身を低くしたと思えば目の前で跪いた。
「そして私は感じた…貴方なら、貴方の力と意思をもってしたらこの争いを止めることが出来る。」
細い指先を土で薄汚れた籠手越しにヘリオドールの右手にそっと乗せる。触れられた手の甲から火照るのが伝わっていく。こんな時に不覚にも惚けている場合ではないのに。

―違う。
これは治癒魔法による光が全身を伝っているのだ。手、足、背中、腰と打ち身した箇所から痛みが緩和していく。

―それよりも。
「僕が争いを止める…?」
少女が術に神経を注いでいるのを察し、めんどくさそうに青年が告げた。
「俺様ト考エテル事ハ一緒。コンナ辛気臭イノハマッピラダ。ナニ、俺様トコイツト後モウ一人ガ組メバ「ジャブジャブ鳥」グライハ止メラレル。」
何処かで聞いたことのある名前を曖昧な記憶の中で模索していると少女の治癒魔法が終わった。尚も手は触れたまま、真っ直ぐな瞳で訴える。
「アレグロ…真名は「白妙」。彼を味方につけたら破壊王の部下ぐらいなら止められるはずですわ。でも…人を恨み、人もまた彼らを憎んでいる以上それも難しい。だから人間である貴方に是非とも力を貸してほしい!」
少女は人並みの握力しかないのだろう。それでも、力いっぱいに握り締めて伝わる痛みからは彼女の懇願。嘘偽りのない本当の願い。今まで思わせ振りな態度が目立つ少女が伝えたかったことは、これだ。

そして思い出す。アレグロと呼ばれた男が争いを望んだ事は自分が覚えている限りでは一度たりとも無いと。

戦うことが全てではない。戦果に眩んで屍を積むのと、異端や弱虫と貶されようが出来るだけ一人の命を救う。この二つのうちに正解は存在しないのだろう。平和を守るだなんて今更ながら吐き気がするほどの綺麗事だ。どちらを選ぼうと自分の信念の為に行動するエゴイストになることには変わりない。

でも、「平和」を望んでいるのは争いが生まれる所以でもあるのだから。
ヘリオドールは完全治癒した体を起こし、立ち上がった。戦いに赴くより凛とした表情を浮かべた彼はまごうことなく「兵士」の顔だ。少女と青年を交互に見遣って、良い放つ。


「………行こう。僕に出来ることがあるなら、全力を尽くす。」

―――――…………






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