諦念。その一言には「諦めの気持ち」ともうひとつ、「物事の本質を悟った心」の意味を持つ。どちらかといえば後者に等しい感情が生きようという本能的な欲を根こそぎ奪っていく感覚と入れ替わりに心に押し込んでいた、考え出したらきりのない後悔と非難が湧いてきた。
「………………。」
―なんで僕が戦わなくてはいけないのか。
―…かつて世界を救った勇者の仲間の末裔だろうが、この時代、元より何の力も持たない僕には関係ないじゃないか。
―……何故、僕と同じ身分である者やそれ以下は平民の生活を羨まなければならないのか。
理想の生活の前に、膨大な財産も武力もいらない。
例え、無力なまま世界の終わりを目の前に何も出来なくとも…。
「見栄張っても僕は僕か。」
空を見上げる。黒い影がいくつか飛んでいるがそれが何かもよくわからない。
「………戦いたくないんだよ。……でも……。」
最後の最期に、胸の奥底に押し込んできた本音が溜め息混じりに吐露される。実に情けない、不甲斐ない、やるせない感情が込み上げても足を動かす気力すらない。ゆっくりと、ゆっくりと自分の体から熱が消えていくのを待った。

「をーっほっほっほっほっほ!!!」
「………………。」
やれやれ、人は疲労が限界に達すると幻聴まで聞こえるのか、それにしてもやけに耳につく甲高い笑い声は脳味噌を叩いてくるように煩く喧しい。
「お久しゅうございましてよ!」
「…この声は!?」
幻聴ではない。そう遠く離れてない所から外部的に聞こえてきたのだ。この声をつい先程何処かで聞いた覚えがある。
「何処だ!!」
生気を取り戻したヘリオドールは精悍な面構えで虚空を睨んだ。人の気配とはまた違った、微量な魔力に違和感を覚えざるをえないと共に強い警戒心を強める。直後、見慣れない魔方陣が姿を現した。
「………!!!」
あまりのことに目を点に凝視する。魔方陣から小柄な少女と褐色肌の青年が目の前に降り立ったのだ。
二つにくくった赤紫の長い髪に白い肌が薄暗い樹海の中でもよく映える。梯子レースをあしらった赤のワンピースを身に纏ってはいるもののその下は水着か下着かそのようなものに見えなくもない。
一方青年は褐色肌に紫の長髪が明度の対比を成していて、服装もまた奇抜で俗に言う「サンタクロース」を思わせる赤と白の帽子とローブの下にサロペットで吊ったサルエルパンツを履いているが上半身は裸である。
常人のセンスを何処か逸脱した独特の衣装。しかしヘリオドールの目を奪ったのは彼らの背中に生えた大きな羽だ。彼らは誰だ、というより何なんだといった疑問が頭を渦巻く。
「様子を見計らいナイスタイミングで姿を現す。どう?私がまるで救世主(メシア)のようには見えませんこと?」
少なくとも自分の口で言わなければそう見えていたかもしれないと呆然としながらヘリオドールは仁王立ちの少女を見上げる。
「まあそうだね…人間には見えないかな…って、君達…魔物の類いか!?」
呑気な事を口にしていた最中、ヘリオドールは自ら発した言葉にはっとした。打ち身をしていても抵抗できるほどの魔力はある。相手の実力もわからないままどれまで耐え凌げるかも不明瞭だが。
「ほら、やっぱり。」
何がやっぱりだ、と答えになってない返事に苛立ちを抑える。
「まだ心の何処かでは諦めを捨てきれていらっしゃらないようね。」
すると黙りを決めていた青年が忙しなく身振り手振りをして何かを伝えようとしている。口は金魚のようにぱくぱく開くだけで声らしきものは全く出ていない。
「……………!……!」
あまりにも不自然な動作に聞いていいかも躊躇われる問が喉の奥で滞る。少女はヘリオドールが何を気にしているか青年を一瞥して察したようだ。
「ああ、このお方吐き出す言葉全てお下品なので大変不愉快ですから封印していますの。をほほ。」
と、上品な笑いとは裏腹にやっていることは極端ではある。青年のどこか必死な表情からそんな言葉が発せられているとはどうも考え難いが…。
危ない危ない、調子が狂ってしまった。今や警戒すべき相手なのに!
「おほほじゃない!今思い出したんだけど君の声はあの洞窟で聞いたことがある。つまる所何者で僕に一体何の用なんだ。」
きょとんとしている少女の顔はヘリオドールの変わり様よりも、自身の事を覚えていた事実に驚いたよう。
しかしながら記憶の中の姿と一致しない故に断言は出来ないに付け加え、哀れにも「名前」を忘れてしまっていた。

「ご心配に預からず…私達は人間の味方。お気持ちはわかりますが人ならざる者だからといい人くくりされては困りましてよ。」
結果的にヘリオドールはより不信感にとらわれた。人の姿を得たのならそれなりに思考も発達し感情もより複雑に発達するものだとある人物を介して把握したものの、等が裏同胞を切り、はては人間に味方する理由など全くもって見当たらなかったからだ。
「…は、言い過ぎですわね。今は貴方の味方。」
「ヘッ、何ガ味方カ…俺様達ノ目的ニ利用スルダケダロウ?」
封印が解け、やっと青年が喋りだした。片言のようにも聞こえる。傍らでは少女は不満げな顔で舌打ちした。
「チッ、油断して術が緩んだぜ……あらいやだわ!目的に利用だなんて…この争いを止めたいというのは人間にとっても悲願ですことよ。」
一瞬垣間見えた少女自身の本性も霞んでしまう後付けのような言葉にヘリオドールは久々の衝撃を食らう。






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