さすがに、伝説の魔物の血を濃いまま受け継いだ少女が紙屑や石ころ同然というのは有り得ない。期待半分、不安も半分といった具合だったが、結果はカルセドニーの想像を大きく上回っていた。期待以上だ。
「魔結晶が。しかも不純物が一切含まれていない天然物…!! 」
四つん這いになってカルセドニーは袋の代わりに帽子を脱いではおもむろに、無我夢中に、時には枯れ葉ごと鷲掴みして中に放り込む。予め半球状の目には見えない結界を張っていた為、爆風で飛んでいったとしても限られた範囲内にのみとどまっている。

全てはハーミットという名の金蔓を視認した時からこうするつもりで計算した。

魔物を討ち取り、生首を持ち帰った所でその行為はやがて争いの無くなった時代においては残虐非道とされ肩身が狭い思いをしなければならない。あまり彼女には関係ないが。密猟したところでその価値は店によりばらつきがあるので頼りにならない。
爆破して粉々にせずとも良かったが、持ち帰る際に色々と不便だから。といってもたいした理由ではない。

魔結晶。一般人は御守り、装飾に扱うが魔術を専門にしている立場から言えば豚に真珠。魔結晶の秘められし力を最大限に引き出すことの出来る叡智と魔力を持った魔術師は世界を制すると謂われている。が、カルセドニーには必要のないもの
。魔結晶以上の魔力を持つ者はそれこそ石ころに見えてしまう。しかし、無力な人間は喉から手が出るほど、血で血を洗い、罪の上に罪で塗り潰し自滅してしまうほど欲しい宝物。この価値観の差違を利用するもの。

より高値をつけて売り飛ばせ―。
金のない貧困民ではなく、魔術を専門とした組織、商人、旅人、自身の仲間にも「魔物が持っていた」と確証もなくなった嘘をつきながら彼等が出せるだけの最高値で売るのだ。

それでも人は力が欲しい。
欲しい物が違えど今のカルセドニーは彼等と同じ、欲望に我を蝕まれた哀れでとても無様な醜態を野に晒していた。
いや、禁忌とされた魔法の由縁は「個人の価値観を無視、否定、あるいは根本から覆される」といった術者の価値観、内面性を壊す可能性があるからだ。

だとしたら、彼女は扱いこなせていたと思っていた圧倒的な力は本人の知らぬうちに思想や人格を少しずつ緩やかに破綻していったのだろうか。
「ひゃッはッはははははは!!!最高ォ!!あんたはこうして!!!!!死んだ方が世のため人のためになんのよッ!!!!!」
両手を広げて空を仰ぎながら笑う。金切り声のような、一度聞いてしまっただけで脳裏に貼りつき思い起こす度に不快感を催すほどの「人とは思えない」笑い声。これが、魔女としての本性なら仕方ないのか。

嫌、違う。決して性格が破綻したわけではない。底知れない金銭欲はすっかり根付いてしまったもので、今までの行動原理も主に自分の欲望に忠実に従ってきただけには変わりない。
ふと笑みが鎮まる。
「こんなしょうもない石っころになってやっと―ふふ――あーあ………。」
愉悦の片隅には、ある種の絶望。
絶望が何によるものかを考えないようにしていたら途方もない虚無感に変質してしまっていた。
「…こんなとこでぼーっとしてらんないわ!最後の最後にがっぽり儲けるわよ!」
と、頬を軽く叩いたらいつものカルセドニーに戻り、ひたすらせっせと魔石を拾い集めていった。




―場所「????」―

「……う…ッ、痛っ。」
湿り気の多い空気、日光を殆ど生い茂る樹の葉に遮られている上に此処は北部に位置するために涼しいといった表現は生温く感じるほど、冬の夜に薄着で外出しているような、例えるならそれぐらいの寒さが顔の皮膚をチクチクと刺してくる。すぐそばに小川が苔がびっしり生えた岩をすり抜けては流れており、視覚効果で一層寒さを感じた。まさしく樹海という呼称にぴったりの場所でヘリオドールは巨木の麓に背をもたれて座っていた。血色は良い。だが、彼は動けないのだ。巨木の背に数十メートル崖がある。魔物の群れと対峙していたヘリオドールは上空からの攻撃をかわしている際に脆かった足場が崩れ、岩の塊と一緒に崖の下の底へ落ちてしまったのだ。
幸い打ち所が悪くもなければ骨折も見られない、目立った外傷は擦り傷のみと奇跡に等しい状態だが、崖は斜面になっており突起物のようにむき出しの岩が露出している。落下する最中に転がりながら体を強く打ち付けて、全身に打撲を負ったのだ。あの崖がビルの如く真っ直ぐに聳えていたなら落下の勢いは緩和されず今頃…なんて、考えると身の毛のよだつ思いだ。

でもヘリオドールは喜びとして受け止めることさえできなかった。そんな奇跡を不運だと嘆いた。痛みを感じる間もないうちに楽になれるものならむしろヘリオドールの本望だった。それぐらいに彼の心もすり減っていた。
「…おーい…。」
口から漏れる言葉もか細く力の籠ってない、出すのに意味があるかも疑うほど小さい声。自然が奏でる物音以外は全く聞こえない。魔物も知能があるのか、「相手が行動不能になった」ことを伺えればそれ以上は追ってこないようだ。
「………。」
援軍が来ないということは致命的だ。食糧など携帯してるはずもない。近くの小川で水分を補ったとして、果たしていつまで生き永らえることが出来るのか。
今まで兵として、貴族としての身分を隠しておきながら一般民として様々な所に貢献してきたつもりが誰もいない所で誰にも知られずにのたれ死ぬなどなんとも報われない最期である。否、戦う身に置いた時点で決められていた運命なのだろう。戦場で激しい死闘の末に散り行くのは騎士としての誇りでもあるのかもしれない、なら、自らの過ちで傷ついた体に塗れるは土埃。語る誇りなど何一つ無い。
「………………。」
ヘリオドールは目を閉じた。
そのうち安らかに永久の眠りにつけたら一体この眠気がどれほど心地の好いものだろう。孤独でも構わない。後に自分の姿を見た者がどう言おうと構わない。諦念が心を虚しく満たしていた。







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