一方相手の方は、次の戦略を目論んでいるようにもこちらの様子を伺っているようにも見えない。上の空で指を親指から順番に一定の規則性を刻んだリズムで折っている。いや、数えていた。残された時間はもう長くないと直感的に捉えたハーミットはまだ半端な力をぶつけることにした。そう、本来のカルセドニーの集中力を逸らすという目的にはこれぐらいでも十分だろう。
「…17…16…。」
別のことに思考を奪われていては尚更だ。こうしている間に一秒は過ぎている
。まさか今の今まで様々な敵となる者を翻弄し、屠ってきた正真正銘の魔女がこうもあからさまな失態を露にするとは…でもこちらにしてみれば千載一遇のチャンス。動向が気づかれぬよう、昂る高揚と勢い任せの咆哮にも似た声をぐっと堪えて静かに腕を引いた。
しすると、カルセドニーは地面を勢いよく蹴りあげて前屈みに走り出した。勢いは初動だけで、あとは空間を滑らかに滑るようにほぼ無音であっという間に接近する。これは、 単純にカルセドニー自身が「兵士」として築き上げてきた戦闘技術と伴って鍛えられた身体能力から成せる技なのだろう。ハーミット含む所詮元は獣の類いでしかない者達にはない非常に洗練された動きだ。しかし残念、もうすでにハーミットの術は発動寸前だ。カルセドニーがハーミットを狙った上で向かってくるのならいくら人間の脚力を無視した走りをしても「人の目で見える」程度の速さでは避けることなど不可能。
「…………!!?」

両者の距離は近くてもおよそ5メートル以上。あの速さが持続すればすぐ距離を縮めることは可能だがその前にハーミットの魔法に面食らうのは目に見えている。だが魔法は不発に終わった。発動できなかった。何故なら、瞬きをしたらすぐ目の前に居たのだから。
「んな…ん、だと…!?」
瞬間移動は二つのパターンがある。次元そのものを歪ませるものと時間を止めている間に移動することにより瞬間移動したかのようにに見せるもの。後者は本人曰く子供騙し。しかし前者は次元の歪みを察知される可能性があるのに対し空間上にいる人物の時間まで停止することが出来るのが利点だ。
尚且つ、敢えて走ることにより敵はこちらを狙う。つまりは無駄な魔力を消費させることにより万が一の時に戦力をも激減させるのが狙いだ。発動はせずとも詠唱の時点で少なからず魔力は使用しているはず。
それがどうだ、さすがに至近距離に獲物が迫っては発動どころか自分の魔法の巻き添えを食らう。でも金縛りにより動けない。というより案の定ハーミットは驚きのあまり思考が停止しているようだ。

これもまた、全てカルセドニーの計算通り。時間の配分さえ考え、敵の意思を読んだ挙げ句に同じ意思に基づいて裏をかいて見せたのだから。
カルセドニーは白衣の裏ポケットからあるものを取り出してハーミットの口にくわえさせた。ピンを外して使う謎の物体。
「ナイスタイミン!それじゃ、次は地獄で会いましょうねぇ。」
カルセドニーはにっこりと穏やかに微笑み、不吉な言葉を意気揚々とかけた後すぐさま強力な防御結界を張った。
「な……――――。」
ハーミットはまだなにか言いたげだったが、その時には顔といえるものは吹き飛んでいた。口にくわえさせられた物体…カルセドニーが改造して更に威力を倍増した手榴弾が予測通りの絶妙なタイミングで爆発した。
「―……。」

文字通り、爆発したのだ。爆風が周囲の木々を焼き払い、隣り合う葉に燃え移り、地面からはもうもうと真っ赤な火柱と煙を上げて辺り一面火の海と化して、仮にカルセドニーは魔法で身を守ったとしても其処は比喩ではなく本当の地獄に相応しい場所に成り果てていた。


はずだった。
「…ふぅ。やれやれ。」
爆発したはずの箇所は来たときと同じ、青い木が聳え立つ状態を保っていた。冷たいそよ風が吹き抜ける際にお互い擦れる葉っぱの音が「そんなことでもあった?」と遥か上から囁いてるみたいに。
「…ふふ…効果は抜群ね♪さあて。」
満足げにカルセドニーは、自身が放った氷属性魔法により囚われの身となったハーミットの方を見上げる…が、違和感を覚えざるを得ない巨大な氷の塊。そもそも、ハーミットの姿すら何処にも見当たらないのだ。爆発の跡が無いのもおかしな現象ではあるが、なにより一番まともに食らった彼女の肉片すら落ちていない。もし落ちていたなら最悪だ。 ハ増殖機能により数十人のハーミットを相手にしなくてはいけない。考えられるならあまりの高熱の炎に微塵もなく焼かれたか、にしたらこの状況の説明がつかない!なのにカルセドニーはここが地獄ではなく本物の天国と言いたいばかりの恍惚とした表情で足元を見下ろした。
「…ふふふ…まさかとは思ったけど…そう…そうなのね…!」
唐突にカルセドニーが膝から座り込むと枯れ葉の隙間から光り輝く緑色の水晶の破片らしきものを拾う。日の光を反射せずとも自ずから光を発していた物体はそこらでお目にかかる装飾用に施されたどんな宝石よりも美しく、内側に神秘的な力を宿している風にも感じ、見る者を惹き付けるなんとも言えない独特な雰囲気を纏っていた。
しばし魅入られていると視界の隅がチカチカと光っていたの気付く。ハーミットが最後に居たところ、及び爆発が起こった場所を中心に不規則な大きさ、形で破片は散乱していた。各所でそれぞれが呼応しあい光を点滅させている。
破片の正体は魔結晶といい、魔力が秘められた石のことだ。つまり宝石と構造は一緒で、純度が高ければ高いほど優れた物ととされ、これに付け加え宿した魔力の強さにより更なる優劣が決まるといったもの。
そんな高価な代物が辺鄙な森林地帯で見つかるはずはない。

カルセドニーが時差式で動した「置換魔法」は対象を「同じ価値」に値するものに置き換えるといった、この国では大昔に封印された禁忌の術。そうと制定される前から魔女として生きていた彼女にとっては関係のない話だった。
手榴弾を使用したのは、あの威力に匹敵する魔法を放てば置換魔法との魔力のバランスが崩れるおそれがあるため物理的な攻撃を与えるほかなったためだが、概ねの理由は「爆破」である。
先述の通り、原型をとどめなくとも彼女の肉体があればあるほど増殖する。カルセドニーとも厄介ごとは増やしたくない。ならば簡単な話、原型を無くしてしまえばいい。即ち、違うものに変えてしまえばいいのだ。
でも所謂賭けをしているのも等しい愚行なのは承知していた。置換魔法は対象と等価の物に置き換えるだけ。それがどうなるかはわからない。個人の価値観は反映されないので、術者が望む様にいかない場合だってある。









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