カルセドニーがどんな人物か、実戦を交えた経歴がないハーミットを含めた魔物達の中では知らない者などいなかった。目的を果たす中で私情、敵に情けをかける慈悲は一切無い。目先の利益によってすぐに考えや態度を変える現金な所や根本的な性格は当時から変わってない。
目的のためなら手段を選ばないと見せかけて計算高く、頭の回転も速い。
恐らくこちらの防御がもたなくなるまで放出を続けるだろう。ならば、どうにかして止めさせなければ。

しかし、人間でも生きているうちは更なる進化を遂げるもの。ハーミットは間髪入れず、先程よりも勢いともに増した火炎魔法を詠唱する。その様はまるで熱圏に突入したばかりの燃えるに燃え盛った隕石が炎の帯を引きながら突進してくるよう。それがなんと、三つ。周囲を巻き込んで彼女らを根絶やしにするつもりだ。轟音と熱が迫る。

だが、ハーミットのとても「想像」つかない事象が今まさに目の前で繰り広げられた。

カルセドニーはずっとひとつの魔方陣を展開しているだけだ。前述の通り複数の術を同じ魔方陣から発動することは不可能。でもどうだろう!其処に見えない壁がカルセドニーを囲んでいるというのか。軌道がずれた一個は対象のおよそ一メートル上を真っ直ぐ飛ぶ、が、カルセドニーの頭上で「何か」にぶつかった瞬間、キンッ!と甲高い音を立てて消えたのだ。もしかして、すぐ後に追撃してくる残り二個も果たして…。
「な…ッ!?」
いや、違った。確実にカルセドニーの細い体躯をめがけていった塊は魔方陣の中に吸い込まれていったのだ。一個目は彼女の発動した魔法、即ち結界と言えば分かりやすいもので無効化されたのは一目瞭然。しかしさっきのはハーミットの火炎魔法を吸収した時と同じ。
「バカな…ひとつの魔方陣から違う魔法を同時発動するなんて…!」
そこで相手の動揺を見透かしたカルセドニーはこちらが悪役と見紛いそうな不適な笑みを浮かべる。
「「複合魔法」って、知ってるかしら?」
聞いたことのない単語が飛び出したものだから訝しげに眉間にシワを寄せてじっと見据える。
「ふくごう…まほう…?」
「フフッ、頭の中身は所詮一緒ね!ただ力任せにぶっぱなしてる様じゃ一生勝てないわ。」
と自信満々に言ってのけるが、ハーミットもある程度察しはついている。だからこそ信じられずに思わず口に漏らしてしまったのだ。二つ、はたまた二つ以上の異なる魔法を合わさって一つの術にすることなんて、古い考えにとらわれているだとかそういうことではなくて。実現可能に至った「知識」と実行出来るほどの「力」、それらを最大限にまで引き出した上でまた新たな術を編み出す「頭脳」。
カルセドニーは魔術師が理想とする完全を型破り、凌駕していた。
完全出さえ極められない者が何が勝てようか。見る限り相手は力の二割も出しきってない風に見える。それでも、ハーミットの諦める理由にはならない。例えやみくものない勇気は蛮勇と言われても、ここで自滅するか逃げたら生き地獄に苦しい屈辱と強い自責に一生苛まれるかもしれないから。

「…アイツ?…なにやってたんだ?」
一時の油断も許されない中ハーミットの視線がカルセドニーの後ろに向けられる。
「アイツ?」
その視線は自分を欺くものではなく本心の現れだと気付いたカルセドニーも振り向いた。気配をただ消していただけかと思いきや、パルフェ自身姿を消していたのだった。にしても、「アイツ」という単語と過去形の言い方が妙に引っ掛かるが今はそれどころではない!
「×××―×忌の術××此×解き――××××××。」
今まで詠唱を介する事なく術を繰り出してきたカルセドニーが口の動きを捉えるのも難しいほどの速さで唱えている。小声で聞き取りにくい、が、所々の言葉の欠片ですぐにそうだとわかった。
「置換魔法発動、対象と等価の個体と交換せよ。予備効果、時差と金縛りを付加。」
単語と言う単語を淡々と羅列し、カルセドニーの向けた杖の先が指すのはハーミット。でも氷漬けされたまま身動きのとれない状態の彼女だった。今更何を…と思考を巡らせた刹那、氷の山を中心とした半径5メートルにも及ぶ魔方陣が時計回りに展開された。
「ぐあっ…なん…うごけ、な…ッ!?」
動くことが可能なハーミットの足元に白い光を帯びた複雑すぎる模様によるものなのは明らか。空気が(今で言うならコンクリートのように)重みを増して体にまとわりつく。言葉通り、まさしく金縛り。意識はあれど実態の無いものに動きを奪われたのだ。
「確かにアイツ金縛りって言ってたな…予備効果?時差は一体何を示唆しているの?」
口へ水を吸った真綿をいっぱいに詰め込まれたように、喋ることすら儘ならないハーミットは全身を四方から圧される感覚に耐えながら冷静に状況を分析する。この術の真なる意味を探り当てようと。
「あらやだ…うふふ♪なにがなんだかわからない様子ね。最期の餞として教えてあげてもいいわよぅ? その魔法はあと数秒後に発動します。ですが…。」
悪戯げに微笑むが目だけは笑っていなかった。
「発動するまでにあんたを倒さないと意味がありません!」
意味がわからない。
意味はわからないけど。
このままだと彼女の魔法の餌食になる。



それは嫌だ。
それも嫌だ。
死にたくないー。
死にたくない!!
その意思は、微動だにさせない空気の重り…金縛りの中でかすかに腕を顔より上にあげる程度の力となった。悪足掻きだろうが構わない。一瞬でも彼女に隙を与えればこの厄介な術も弛むだろう。出せるだけの力を拳を一点に圧縮させる。腕が内側から燃えるように熱くなる。








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