あともう少しで、後ろまで回れる。何か叫ぶ声が聞こえなくもなかったが気にしてもしょうがない。
「…ん?うわっ!?」
樹の後ろから見たことのある薄桃色の長い髪が覗く。誰かは瞬時にわかったものの次には見たことのない丸い物体が反対側から姿を現し、そこから何の前触れもなく放たれた青白い閃光がパルフェの頬を掠めそうな程ぎりぎり横を通りすぎた。空気が微かだが、ひんやりと冷たい。

ひんやりどころではなかった。むしろ寒い。遥か後方からも「グラスの中の液体に浮かぶ複数の氷がぶつかった時」のような音が確かに聞こえたのだがこれもまた咄嗟に形容したに過ぎない。実際は想像を絶する光景が展開していた。
「………!?」
ありのまま起こったことをそのまま言葉にするなら、そう、人が氷漬けにされている。こんな森に人を閉じ込めた巨大な氷の結晶が聳え立つ光景は大変奇怪なものであり、見上げ続けていると首が疲れるぐらい高い。
「なんだい、これは…詠唱も聞こえなかったよ?」
分身があんな目に遭っているにも関わらずハーミットはむしろ感心している。一方パルフェはすぐそこに隠れている仲間に声を尖らせた。
「ちょっと、カルセドニー!まさか君…僕がここに来る前から居たっていうんじゃないだろうね!?」
ひょっこりと出てきた赤の軍新人兵士カルセドニーは先輩のお怒りもなんのその、からかうかのように笑いを堪えていた。
「ふふっ…センパイなら私が出なくても倒してくれるって思ったから…。」
明らかに馬鹿にしている。だが、後輩も後輩なら先輩も先輩だった。
「そりゃそうさ!僕は可愛い上に強い…。」
「ま、現に倒せてないけどねぇ〜。」
どうやらカルセドニーには先輩の顔を立てるといった気遣いがからっきし無いようだ。
「とりあえずセンパイは下がってて。魔法には魔法よ。」
文句を言いたげなパルフェを手で押し退けてゆっくりと歩み寄るカルセドニーにハーミットは初めて切羽詰まった険しい表情で睨んだ。
「君は…あたしたちを封印したあの魔女か?」
パルフェが首をかしげる。今のカルセドニーがそこらにいる兵士と格が違う正真正銘の魔女だということは少なくとも一名を除いてこの国で知る者は居ないのだから。
「そんなこたぁどうでもいいのよ。金蔓が自らお出ましになってくれたのだからちゃちゃっと倒さないとね。」
ただし、「創世の魔女」と謳い恐れられた彼女はもう見る影もないほど堕落していた。敵対する者とはいえ唯一その実力を認めていた者が、憎き人間という種族の中でも最も下劣と見做すべき部類にまで落ちぶれていたのだ。一層ハーミットの中の憎悪の念は火に油を注ぐ勢いでより激しさを増した。

「低俗な欲にまみれてしまったのかい…創世の魔女。」
「長年生きててわかったの、人を動かすのは魔法じゃないって。それより、ソーセージがなんだって?」
「くだらない!!」
怒りとはまた違う冷めた感情が逆にハーミットの力を奮わせる。彼女に高尚な意志を求めてはいない。だが、見るからに場に不相応な
その態度は自分が今此処にいる意義さえ蔑ろにされている気がしてならなかった。

早く、出来るだけ早く抹消したかった。
「インフェルノ!!」
片手を前に突き出すと浮かび上がった大きな魔方陣から噴出した紅蓮の色を纏う炎は一人…いや、二人を消し炭にすべく空気を割きながら勢いよく放たれる。パルフェは怒濤の如く向かいくる熱気を帯びた塊に怖気立ち、無駄な抵抗とはわかっていながらも顔の前で両腕を交差させた。そもそもあんなものを諸に食らっては顔面火傷で済むわけがないのだが。

一方で女性であるカルセドニーは仁王立ちで構えていた。ここは反対なのではなかろうか、カルセドニーにとって「この程度」の魔法攻撃は防ぐのも馬鹿馬鹿しく、またはパルフェの抵抗が良い意味で無駄に終わることになる。
「…っ、え?熱くない…。」
そう。複雑な紋様が描かれた魔方陣が盾となりカルセドニー達を防御している。しかし正確に言うならただただ攻撃から守っていたわけではない。魔方陣の中に炎が吸い込まれていくのだ。
そして全ての分を吸収した魔方陣から数十倍はあるだろう火炎が渦となり周りの酸素を取り込みながらハーミットを返り討つ。

格が違う。相手の魔法も相対の国で決められた型にはめるなら上級の魔法に値する。カルセドニーはその強力すぎる術を吸収、己の力に換えて倍返しにしたのだ。素人目から見ても二人の差は歴然としている。
カルセドニーは未だ手応えの無い彼方を真顔で見据える。ハーミットの魔力が飛躍的に上昇したのを肌で感じたのだ。パルフェには彼女の視線が何を意味するかはわからない。見ているだけでは実感が持てないのだろうか。

その時、炎を掻き分けて光で構成された刃が三つ飛んできた。放出を続けていた反撃魔法を一旦止めて魔方陣が刃を三つとも弾き落とした。残念!ハーミットはまさしくこの瞬間を狙っていたのだった。カルセドニーが如何にどれ程の魔力を持っていても、同じ魔方陣から違う魔法を複数同時に放つ事は原理的にまず不可能である。
ハーミットは彼女の攻撃を片手で受け止めつつ違う術を発動した。結果はご覧の通り、追撃を防御するため現在発動中の異なる魔法を停止するはめになった。








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