勝った方はどうあれ、負けた方に待ち受けるのは屈辱ではない。自分は生きている。敵は死んだ。もう振り返っても仕方ない。

「………なんか変な予感がするけど…。」
妙な気配を肌に感じた。元から居心地の良い所ではないのに余計に気持ち悪い。まだこの近くに魔物が影を潜めているのだろうか、剣は鞘から抜いたままで心持ちも先程とは違う。
「早く帰りたいよ…。」
ふと本音が漏れる。が、誰も聞いちゃいないし聞いたところでどうしようもない。
「土に還りたいって?」
獣の耳が微かに跳ねる。研ぎ澄まされた聴覚が瞬時に小鳥が囀ずる程度の声を方向と供に捉えた。だが、その声は聞き覚えがあるどころか「ついさっき」聞いたものでいまだ耳には鮮明に残っている。そして後ろから閃光と強い魔力、もう振り返ることはないと思っていたのに。

「フロクシノーシナイヒリピリフィケイション!」
次の瞬間、パルフェの剣は「無価値」の魔法により消えて無くなった。
「はあ!?僕の剣が…って、まさか…!」
恐る恐る後ろを向いた。本来ならそこには見るも無惨な亡骸が横たわっているはずなのだ。仮に生き返ったとしよう、人間と人間ではない者の間にどれぐらいの差があるかなど人間にはわからない。人智を超越した生命力、または回復力を持っていたとしたらまあおかしくはないだろう。

だがどうだ、そこにはハーミットが二人いたのだから何が何だか事態を把握するにはしばし時間がかかった。
「やあ、はじめましてこんにちは。」
姿や顔は瓜二つだがパルフェから見て右側は若干大人びた雰囲気を帯びている様にも見える。滑舌も人並みにしっかりとしていた。
「二人いる…!?」
頬に冷や汗が流れ落ちるのが鬱陶しく袖で雑に拭う。しかし本当に奇妙だ。死んだ者が生き返るならまだしもそれが増えると言う原理がわからない。
「ここはあたしが説明するよ。…君は今あたし…こいつを二つに斬ったろう?二つになった体はそれぞれがあたしという個体に姿を変えた。プラナリアみたいなものだよ。」
最後の親切すぎる例えでようやくしっくりきた。逆に言えばそれは「物理を武器として戦う」自分にとって大変都合が悪いことも理解した。
「切ったらそのぶん増える…ってことかい?養豚場?」
すると元々の肉体から復活した方のハーミットが自信満々に頷く。彼女は「養豚場」という言葉を知らなかった。
「そうだ!ほんとはもっと前に「そうしても」よかったんだけど痛いのはやっぱ嫌だもんね。」
続いてもう一人のハーミットは冷静に語った。
「ついでに言うならこいつには魔力が高い上にハンデがある。この滑舌じゃあさっきのような上級魔法を詠唱することができない。」
だからハーミットは自身を強化し、武器を召喚することで補っていたとしても途中で放った魔法も相当威力の高いものだったと窺える。一時的に命拾いしたといえよう。つまり、先程パルフェの剣を消し去ったのは…。
「そんなハンデはあたしにも反映される。…こいつより貧乳である。」
「どーでもいいわ!!!ふぎゃっ!?よくないよ…!」
どうでもいい情報に一瞬だが錯乱してしまった。
「ははは、嘘だよ。あたしは反射神経が鈍いから近接戦には弱い。でもまあ魔法を専門職にしていたらそんなもんだろ?それにあたしにはあたしという盾がいる。」

魔法使いは大体そういつものだ。偏見かもしれないがひとつのことに長けていると他のことが疎かになるのはごく当たり前のことであり、更に極めるとそれだけで大体のことは補えるようになる。パルフェと違うのは、彼は武器に依存している分ハーミットは自分自身の力が武器なのだ。メリットもデメリットも大きいが危惧する必要はない。人間相手など全力の二割から三割程度の力で呆気なく倒せるからだ。
「待ったなしかい?ここは…交渉しようよ!さっき咄嗟に君を斬ってしまった事についてのお詫びをするからここは見逃してくれないかな?」
なんて馬鹿なことを口走ってしまったのかとパルフェはぎこちない笑顔を取り繕いつつ自分に呆れていた。口上とは裏腹に「一旦撤退して援軍を呼ぼう」と思考を練ったがどうも厳しい。二人も追っ手がいる上に隠れる場所がない。よって苦肉の策は意味のない物となってしまった。
「復活したから別にいいんだけど…君の気持ちを無駄にしたくもないなあ。じゃあ…。」
まさか、持ちかけた方とはいえ交渉に乗ってくれるとは誰が思うものか。僅かに希望が覗いて心も晴れやかになる。彼女は意味深に微笑んだ。
「一度はあたしも死んだんだ。だからお前も死んで詫びるんだな!!」
そう言い放ったハーミットは右手を前へ突きだした。もう一人の分身に合図を送ったのだろう、無駄とはいえパルフェは舌打ちをしては地面を力一杯蹴りあげて向こうの樹を目指してやや身を屈めながら走った。だが迂闊だったのは敵に背を向けたこと。一刻も早く、速く、一時しのぎでもいいから隠れなければ!








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