―場所「コロシアム付近の森林」―


相対の国にも森は多い。というのも、この国には自然の力を信仰し、またはそれらを利用しては共に過ごしてきた種族が先住民として住んでいたのだ。一時期は移り住んだ人間によりそれはもう歴史から屠りたい程の差別を受けてきた。しかし、新たな女王エリザベータが唱えた「世界は平等であるべき」がモットーの公平論とエカテリーナの「共存共栄思想」によって先住民が築き上げてきた土地や文化は今も尚こうやって残り、差別もなくなった。

だが、エリザベータとエカテリーナの考えは似ているようで根本的な概念が違うことを案外誰も気づいてはいないのだ。
エカテリーナは「異なる物」をありのまま受け入れようとするのに対し、エリザベータは「異なる物」の違いを無くし全て等しいものにしようという極端な言い方なら「否定」。思想を唱えた本人たちもわかっているのかいないのか、少なくとも「今までとは違う世界」で過ごしていくうちにパルフェは察してしまったのだ。あくまで考察にしか過ぎないが。

「…やばい!僕としたことが迷子になっちゃったよぉ〜。」
直感は冴えても記憶力はそこらの兵士と並み程度だったようで、土地勘はあれど魔物と戦いながら進むうちに樹に囲まれただけの土地に迷いこみ、元の道をすっかり忘れてしまったのだ。なのにパルフェは困る素振りをみせるどころか呑気に欠伸までするしまつだ。
「ふぁ〜あ。…魔物もここらはいないみたいだし、下手に動くよりは他の兵士が来るのを待って合流する方がいいかもしれないなあ。」
魔物が国中を攻める中でパルフェが要るところはやけに静かだった。逆に警戒するべきところだとしてもわからない道を奥へ進むのはかえって危険である。近くの樹の傍に腰を下ろして一休みでもしようとしたパルフェの視界に映ったのは向かいの樹の小さな貼り紙。
「あんなのあったんだ。」
近寄って見てみると大きく汚い字でこう書いてあった。
「この先、落とし穴あり」


「へっへーん…どいつもこいつもバカにしやがって…あたしだって少しはできる奴だって思い知らせてやるんだから!」
謎の貼り紙に戸惑うパルフェの様子を少し離れた場所、樹の後でハーミットは顔だけ覗かせては今か今かと待ち伏せていた。ちなみに本人は普通に喋っているつもりだが滑舌が悪いため所々舌足らずになっている。
まごうことなくあの貼り紙の通りに落とし穴を掘ったのはハーミット本人。どうやって掘ったかは不明だが、誰かさんが作る手の込んだ物ではないトラップ無しの浅い落とし穴だ。それでも二メートルぐらいはある。

つまりは彼女は他の魔物が人々に襲い掛かる中でただ一人せっせと穴を掘っていたのだ。それを聞いたらバカどころの話ではないが、真性のバカである彼女は考えもしない。結果がアレだ。
「……これは、つまり。馬鹿にされてるのかな?」
字が読めれば子供でもかからないみえすいた罠にかかるほど間抜けな者が女王の側近などやっていられるだろうか。更に「この罠には何が隠れているのか」を深読みをするのが知力に長けた兵士たるもの。
「もしかすると、罠があると明記することにより周りや違う場所を歩くよう誘導する。そこに本当の落とし穴があるのかもしれない。」
そう考えたパルフェの結論はすぐにまとまった。
「そうそうそのまま真っ直ぐ進むのさ…。」
うまく罠にかかった所を手に握っている箒でタコ殴りしようと企んでいるハーミットは早くも為て遣ったと言わんばかりの表情だ。しかし…目論見は見事に外れた。
あろうことかパルフェは元来た道へ戻ろうとしたのだ。自分がここまで無事に歩いてきた道だから信憑性は確実にある。
「待てコラー!!!」
予想を遥かに上回る展開に思わず樹の影から飛び出してしまった。当然、息を潜めていた彼女には気付いておらずパルフェは派手に驚いた。
「ふぎゃああああ!?な、なんだよ!」
どうせ罠をかけた張本人がわざわざお出ましになられたのだろうと後から冷静になって考えたが間違っていない。にしても自分はこのような小柄な少女との面識もない。
「おいてめぇ!わざわざご親切ご丁寧にここに罠があるって書いてやってんだからか、か、れ、よ!!」
たいそう機嫌を損ねたハーミットは長い箒で自ら罠がある場所を指し示してくれた。喋っている言葉の半分が聞き取りづらいのはさておき、つっこみたい所は山ほど増えたが多すぎるとかえって口にだすのも億劫になる。
「ふぎゅ〜…ついてない…僕は途方もないバカにここまでバカにされてたのかぁ〜!」
目を覆い、わざとらしく大声で嘆いた。
「バカじゃねえよ!あたしは魔王の詩にも名を連ねた伝説の化物ラース様ことハーミット様だぞ!有り難みをこめて今すぐ罠にかかれ!」
だが今更有り難みもなければ進んでかかろうとも思うはずがない。ジャバウォックの詩については何度か聞いたことがあった。
「ラードつったら…ああ、緑のブタのような姿をしてるって聞いたけどまさかメス豚だったとは…。」
それにしても言い方ってものがあるだろうが。
「誰がメス豚だー!!しかもラードじゃねえよ!微妙に違うわ!!」
悪い方に捉えるしかない言葉に熱り立って反論した。ラードは豚の脂肪の塊である。
「…で、そのほうきは?」
咄嗟にパルフェが話題を彼女の持っているアイテムに切り替えるとわかりやすいまでに自信に満ちた笑顔で答えてくれた。
「あたしまほーつかいだもん。」
「魔法使いには見えないけどなあ…。」
すかさず否定で返される。だがそう言われる原因はつまり服装にあるのだと本人も概ね理解している。
「ひらひらした服嫌いなんだもん。お前もそれなりにちょっとは女らしくしたらどうなのさ。隠してる意味ないよ?」
パルフェは油断していた。人間相手には見た目だけで誤魔化せると思っていたが、「見た目」より他の観点から何者かを見極めることのできる者に対しては意味がないようだ。
「…化物相手に隠したってしょうがないか。そーさ…僕は男だよ。大人の事情でこんなナリしてるけど、なんでわかったの?」
「え?…うーん…においと八割は勘。嘘つきは泥棒の始まりだぞ。」
一聞いてみたもののハーミットからは適当な返答しか貰えない上にあながち馬鹿とは思えない諺を添えてきた。これにはパルフェも観念する。
「ばれたもんは仕方ないね〜!この際泥棒になって君のハートを盗んじゃおうかな!?」
開き直ったわけではない。ほんのちょっとした軽いジョークに見えて割りと本気だった。
「なにこいつ…キモい…。」
故にひどく辛辣な言葉の応酬が返ってきた。






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