―場所「南の花園庭園」―


赤の女王、エカテリーナ陛下の別荘の庭には巨大な花壇…いや、花畑が存在する。そこにはどういった理屈かは知らないが、四季折々の様々な花が年中枯れることなく咲き乱れているのだ。誰が手入れをしているのかも定かではない。主は城に居ることがほとんどな為別荘には人など居ない。

否、手入れする必要など無いにも等しいのかもしれない。

そこに咲く花は長い年月の間に人の言葉、やがては人の姿になれるほどの力を小さな器の中に育んでしまったのだから。そんな聞いたところ平和で穏やかな花園庭園にも魔物の手は容赦なく襲いかかるのだ。人の姿を得た鬼百合の花こと、リグレットは今、まさしく魔物の群れに取り囲まれている。

「どういうことなの…?」
彼女は身丈程の長い槍を構え、信じられないと言わんばかりに凝視した先にはこちらをただじっと見つめる少年の姿をした魔物だった。リグレットはまだ彼の正体を知らない、だからこそ信じられないのだ。
「あーもう…俺は花摘みに来ただけなのに、どーせこのまま帰ったらチクるんだろ?お前らどーせ。」
「兄貴が殺らなくてどうするんですか?」
人の膝ほどしかない小人(ゴブリンという魔物でこの世界においては下層のレベルに属する)のうちの一匹がスネイキーの方を振り向く。この会話の時点でリグレットは疑った。スネイキー自身にそんなつもりはなくとも、花を摘むとはなんと不吉な言葉か。
「俺は手柄なんかいらない。あーでも一体しかないなら花もろとも蜜も搾り取ってしまえばいーんじゃない?なんつって。」
スネイキーのちょっとした冗談に他の小人からも下衆な笑い声が聞こえる。
「いやいや兄貴…百合なんて高嶺の花やすぎませんか…んぎゃ!?」
小人一匹の体を槍が貫通した。そのまま、まるでゴルフのクラブのように振り上げソレは勢いよく曲線を描きながら遥か遠くへ飛んでいってしまった。
「ひいいっ!?この女ただものじゃねえぞ!」
「逃げろぉ!!」
恐れをなして残りの小人も我先と獲物を逃して散り散りに行方をくらます。残るは魔物から「兄貴」と呼ばれたスネイキーと、大体のことを察したリグレットのみ。

「貴方…グルだったんですか…!?」
しかし、スネイキーは言葉の意味が些かわからなかった。
「グルって…?まあいーや、奴等のせいでばれちゃったし倒せるものなら倒しておこっかな!」
抑揚のある調子の良い声のわりには全くの無表情で武器を構える。リグレットは成り立ち上、魔物が人の姿をしたところで驚くことはなんら無かった。
「他の子が帰ってくる前に倒しておかないと…。」
だが運も悪く、他の魔物から逃げるべく、一番安全でもあるだろう帰るべき場所に花君達はぞろぞろと避難してきたのだ。
「お、大量じゃん。」
スネイキーの言う通り、花で言うなら菫や菖蒲、雛菊など総出である。リグレットにとっては極力避けたかっただろう最悪の事態だが、非力で逃げ場もない彼女等を責めるわけにはいかない。
「これは一体、何があったの?」
怯えたように状況を聞いたのは菫の少女。だが皆も魔物から逃げるために戻ってきたのだ、大体の察しはついている。
「魔物はとうとうここまで侵入してきたわ。…私がなんとかするから逃げて!」
すかさず菖蒲の少女が異議を呈した。
「逃げて…って、何処へ逃げたらよいのですか!?」
誰も考え無しに言ったわけじゃない。
「集団行動は目立ちます。一人か二人ずつに別れて隠れながら逃げるのです。そうすれば兵士の一人ぐらい見つけることが出来るでしょうから共に行動すること。」
花君達の長をそばで支えながら自身も彼女等を取りまとめるリグレットにはそれなりの実力があった。武力でも、咄嗟の状況反応でもそうだ。しかし空を埋めるほど魔物が飛び交う今では必死に絞り出した案も苦肉の策である。

それに、いくらリグレットでもこの戦いを凌げるか不安だった。人の姿にも化けることのできる魔物は知力もそこらのものより余程高いため厄介だ。槍の柄を音が鳴るほど強く握りしめる。
「…別に、逃げたところで追わないんだけどなあ…。」
と、口に出すのも面倒なスネイキーは身構えることなく黙りを決め込んで棒立ちしている。彼もまたジャバウォックの命令のままに動いていたが元々そこまで積極的な方ではない。あまりにも怠惰な様はリグレットに逆の印象を与える。
「随分と余裕なんですね…!」
精一杯威嚇をしてみせる相手に、終始無表情だったスネイキーが初めて笑った、ただし嘲笑だが。
「お前、戦いに慣れてない上に守るものがあれば途端に弱くなるタイプだろ。悪いけどそんな奴に…何もかも失った俺が負けるわけがないな。」
「諦めは心を堕落させますよ。己の強さは精神が関わってくるのです。」
お互い、それぞれの確固とたる意思が火花となり静かに鬩ぎ合う。
「まだ子供のくせして解りきったことを言わないで下さい。」
何処か説教臭いのはいつものことだ。スネイキーの表情がわずかに険しくなったのはそこではないが彼女は気づかない。
「解らないようなら大人である私が直々に教えて…。」
もはや説教となりつつあるリグレットの眉間の間から数センチの隙間を開けたすぐ目の前、円錐形に尖った鋭利な鋼鉄が光る。ほんの一瞬で彼は寸止めを決めたのだ。






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