淘汰の国、アリスが元の世界に帰ってから大分経ちお祭りムードはとうの昔に冷めきった頃。レイチェルはいつものようにシフォンにこきつかわれてお茶会の…ではなくただ単に今晩の夕食に必要な具材をわざわざ山へ赴いていた所だ。
「ったくよー…、虫に刺されるのが嫌だからつってほんとはめんどくせえだけだろうに…。」
一歩進むたびに呼吸とほぼ同じ感覚で文句をごねる。
「でもアイツに虫なんか見せたらもっとめんどうなことになるんだろうな…。ん?めんどうなのは俺とシフォンどっちだ…。」
その時、枯れ葉が敷き詰める道に視線を落とし猫背気味のレイチェルのうなじに何か冷たく柔らかいものが落ちてくる。わずかに肩を跳ね上がらせ、訝しげに眉間にシワを寄せて指で拾い上げると…。

「うわああああああ!!!?」
それはまごうことなく青虫だった。吃驚して喉から有らん限りの大声を吐き出し、思わずレイチェルは蠢く物体を茂みの中に勢いよくぶん投げる。
「…や、いや…アレは…さすがにねーわ…。」
音もたてず茂みの中に飛んでいった虫の方を速くなる鼓動をなんとか深呼吸でおさえながら見つめる。どちらも運が悪かったと言えよう。だが彼は気づいてはいない、後ろの樹の後ろにレイチェル以外にも人がいることに。
「えっ、なななな、何事だい!?」
なんとそこに現れたのは山には不釣り合いな洒落た格好に身を包んだティノの姿だったのだ。手には何故か虫取り網を持っている。しかし、レイチェルはもはや誰だろうが何だろうが関係ない。驚きのあまり振り向き際に華麗なる回し蹴りを見舞ったのだ。
「のわあああああ!!!」
「へぶぇ!!?」
静かな山に二人の男の悲鳴がこだまする。出会い頭にまさか強烈な蹴りをいきなり食らうだなんて誰が予測するだろうか、細身の体は枯れ葉のごとく吹っ飛んで地面に投げ落とされ、何回か転がったあと樹の麓に腹部を強打した。
「……………。」
いくらレイチェルでもこれはやりすぎだと、恐る恐る近づく。ぴくりともしない、不安が込み上げてくる。
「…おい…大丈夫か…?」
声をかけてみると案外すぐに反応が返ってきた。返ってきたのはいいがそれは過剰反応で、素早く体を起こしてはこっちを涙をぐっと堪え潤んだ瞳で睨む。
「ひどいじゃないか!僕だったからよかったものの他の人だったらこれ大問題だ…。」
ティノは突然黙りこんでしまった(何故「僕だったからよかった」のかはここでは触れないでおこう)。自身を蹴り飛ばしたのは、ティノが過去に問題を起こししばらく疎遠になっていたレイチェルだったからだ。
「……お前…。」
勿論、こちらにも心当たりはあるわけで。

というのもティノが初めてレイチェルの家を何も知らずに遊びに訪れたのが原因である。ティノも噂にはちゃんと聞いていたが、すっかり忘れていたのだろう。その日は三月の中旬だった。後から続いてきたくしたシフォンが気づいた止めに入ってくれたものの、それっきり二人の間はずっとこじれたまま。ティノは恐怖、レイチェルは罪悪感、お互いがお互いを避けてきた。

だがこうやって口を開かざるをえない局面で、二人はどういった言葉を交わすのだろうか。





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