はたから見ると少年少女が得たいの知れぬ動物の上に乗っていると言ったとてもファンタジーな絵面が完成した。
「すごーい!高い!ふわふわ…寝たら気持ちいいでしょうね。」
「毛皮にしたらもっと高いと思うぞ。」
救う側の人間が言うとは思えないハーティーの肝の冷えるような発言にアリスは当惑、アレグロは戦慄、ただ一人カルセドニーが欲望にぎらついた目で毛皮…もといアレグロを後ろから見つめた。
「その高いじゃなくてハーティーさん、やだ…ほら怖くて身震いしてるじゃない。」
今にでも振り落とそうか心底考え始めた。
「武者震いではないのかのう。」
としらばっくれるハーティー。ジャバウォックを過去に捩じ伏せた相手には敵わない。足の速さには自信があり逃げたら人間が走ったところで到底追いつけっこないが、果たしてそれでは何のためにここにきたというのだ。
「剥製は…剥製は…。」
譫言を呟くアレグロに対しハーティーはあつさりと言い捨てた。
「そんな趣味の悪い剥製などいらぬわ。」
これはこれで傷付くところもあった。アリスも頭に浮かべたのは角が立派な雄鹿の生首だ。小さい頃、友達の家に飾ってあった鹿の剥製がとても本格的(だって本物だもの)で幼い心に恐怖を植え付けたことまで想起する
。だからこそ「鹿ならよく見るけどね。と口に出せなかったのだ。

にしても相変わらずハーティーがいちいち吐き出す言葉がやたら辛辣であるが彼は決して悪気があるではない。裏表がないだけだ。
「そんなことより急ぎましょうよ!」
アリスがやっと当初の目的を思い出した。彼女がせかすとハーティーも動き出す。
「そうじゃな。アリス、しっかり掴まるんじゃぞ。こいつは何せでかい図体の割りにとてつもなく速いからのう…。」
その速さを間近では見たことのないアリスはいまいち実感が沸かなかった。まして知っている範囲で速い生き物はチーター…だがそんな速く走るようにも見えない。
「速いって、どれぐらい速いのかしら…?」
アリスが想像に更ける暇もなく。
「出発進行、すすめー!!!」
たからかたるハーティーの合図に、アレグロはそれに応えるよう大地はたまた空間中の空気を震わせる程の低くどこまでも通る咆哮を叫ぶやいなや少し後ろに引いた体は(アリス曰く)ロケットがみたいに勢いよく発進した。
「うえっ!?ちょ、掴まるってどっちにきゃあああああああ!!!??」
少女の悲と共に異形な化物は二人を乗せて瞬く間に点となりそして消えた。


「……行っちゃったわねぇ。」
高級毛皮を失った故に残念そうな目で眺めるカルセドニー。
「ま、しょーがない。ん〜、いっちょ仕事に戻りますかぁ。」
緊張感など微塵も感じられない様子で両腕を上に伸びをしたら肩から力をふっと抜いて森の中へ消えようとする。が、彼女は忘れていた。
「…あらぁ、あまりにも静かだから忘れてたわぁ。」
しばらく口を頑なに閉じて黙りこんだまま地に座り項垂れていたエヴェリンはきっとアリス達からも忘れられていたに違いない。実際彼等についていったところで怪我を負った状態では足手まといになるのは誰もわかっていることだが。
「あんたはどうすんのよ。住人を助けるのがお仕事だけど生憎私は功利主義者なの。」
要するにカルセドニーはエゴの塊だということだ。
「でも仕事をしないといけないから…ね。ここもやがて結界が崩れ落ちるわ。するとどうなるか。」
「……僕はここに残ります。」
その答えは、その声は今の心理状態を露にしているのか聞こえづらくとてもか細い。だがカルセドニーの耳はちゃんと聞いていた。そして彼女の答えは。

「あっ、そう。」
の、一言だけだった。正確にはそれは、エヴェリンが出した答えだがカルセドニーは他の兵士とは違って「助けを望まない者まで助ける必要はない」。結界が崩れ落ちるといったのは既に魔物が侵入していることから過去形にもなるが、万が一エヴェリンが巻き込まれたら自分の非を証明する者はいなくなる。

巻き込まれたら最期だからだ。

カルセドニーは彼を置き去りに、より多くの命を救うためにその場を後にした。


「…………。」
一人、見捨てられたエヴェリンはついさっきまで友の立っていただろう場所、今では向こうの景色がよく見渡せる道の先をただずっと眺めていた。

爆音は近くなる。



君に幸あれ。





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