同時に手で軽々と押し退けられたエヴェリンは第三者の介入に更に気を取り乱した。岩のような体躯はただ目の前に立ちはだかっているだけではない。静かに横腹の辺りで後ろに引いた拳は既に身構えている。
「お前は関係ないだろ!!!邪魔するな…。」
頭にすっかり血が上り普段通りのまともな思考が出来ないせいか行動の予知が浮かばない。だが、さすがに胸ぐらを掴まれたものなら「これから何かをされる」とは予測できても「何をされるのか」までは生憎わからない。考える猶予さえあればいくらでも思い浮かぶ。しかしそんな生ぬるいものは与えられずかわりに金槌の如く重い一撃をもろに腹部に食らったのだ。
「エヴェリンさん!!」
アリスが青ざめた顔で叫ぶ。強靭な肉体から織り成される拳は凡そ胃の部分にめり込み、しかも体の一部を固定されているため衝撃で吹っ飛んで腹部への痛みを流すことは不可能だ。どちらにせよ後ろの木に背中を打ち付けてしまうのは間違いないのだが。その場合、あえて相手の怪我に負傷を与えず昏睡させようとしたのが意味をなくしてしまう。何故か時の流れが遅く感じたがほんの一瞬の出来事。エヴェリンは静かに膝を地についてゆっくりとアレグロの足元に力無く倒れた。

「まあ、なんてことを…。」
と言いつつもアリスはアレグロに対して感謝をするべき所だ。こうでもしなければ彼は業火に向かっていっただろうから。
「うぐ…、あ゛……ぅ…。」
意識はあった。頭も冷えた。鈍い激痛を堪えようと歯を食い縛るも、今度は胃から逆流しそうな感覚に咽いだり結局出るものは何もないためひたすらに呻いている。
「今日はその子散々なんじゃないのぉ?」
カルセドニーの言う通り、ちょっとした用事で訪れたばかりにこの有り様だ。
「邪魔はおめぇだ、すっこんでろ。」
最終的にアレグロには冷たい言葉を言い放たれた。仲間の死を阻止したいのが邪魔だと言われるのはおかしな話だとアリスも感じたがそれよりもアレグロの不審な行動だ。むしろ彼の立場なら今の「儀式」を邪魔するだろうに。思えば彼が加担すること自体疑わしい。

「僕は…なにも……なんにも…出来なかった…。」
片方の手で爪を立て、土を掴む。
不甲斐ない自分が悔しくてしょうがない。今すぐあの火に飛び込んでしまいたい。しかし、「彼」は世界を救うために身を犠牲にした。エヴェリンは自分が生きづらいためだけで心の持ちようが違う。「彼」が抱くような崇高な意思はない。
「いいえ、エヴェリンさん。守るべきものがあるのとないのでは違うと思うの。」
そう優しく語りかけるアリス。
「…アリス…それは…一体…。」
肩を支えられながらやっと体を起こしたエヴェリンが訊ねるとアリスは全てを包み込んでくれそうな笑みを浮かべる。
「貴方が居たから、世界が少しでも楽しいと思えるようになったのでしょう?」
なんでこんな時にこれほど落ち着いていられるのかと不思議になるぐらい穏やかな表情だ。完璧すぎる笑顔からは意図が読めないものである。

「ふふっ…そろそろ勇者王のお出ましよぅ。」
期待に胸が膨らむカルセドニーは今や今やと弱まっていく炎を恍惚とした目で眺める。興味がないのだと思いきやそうでもないらしい。
「あぁ…やっぱこういう瞬間だけはなんていうの?こう…ゾクゾクしちゃう…。」
誰も彼女には触れてはいけない気がした。長き冒険の末、炎の中で待ち受けているのは一体どのような人物なのだろう。魔物を倒し世界を救った…そして風格のある態度や言動。きっとただ者ではない、そこには頑丈な金属で出来た甲冑と丈夫な筋肉からなる鎧で全身をかためた壮年、はたまたそれ以上の年季を感じさせる老いた戦士か。皆の思い描いていた人物像は大体一致していた。カルセドニーは彼の姿を知っているわけだが、同じようなものを頭に浮かべている。
「………。」
エヴェリンだけ、目を下に伏せていた。

炎やがては消え、ひとつの人影があらわになった。
「…………!!」
アリスは息を飲み、一瞬閉じた瞳をそっと開けると真ん丸にひんむいた。アレグロも、カルセドニーでさえも驚愕の姿に唖然とする他なかった。

「……む、これは…?」
声も若い。まるで壮年どころか少年だ。無造作な金髪にお飾り程度に乗っている小さな王冠、首や顔半分に巻かれている包帯から覗く碧眼もまた大きく愛らしい。鎧といったものは見当たらず、深紅のマントとスカーフがわずかな風に揺られレースのついたブラウスと装飾のついたベストに膨らみのあるズボン、歩くことだけを重視した底の薄い赤い靴。これじゃあ勇者王というより、どこかの貴族のボンボンでも誤って召喚したのではないかと疑ってしまう。
「ワシは一体どうなったのじゃ…。」
口調もそのままなので聞いているほうの違和感は半端なものではなかった。自分でも状態を把握しきれていないようで、まず両手を見て足元を見て、服の上から身体中を触ったりありとあらゆる箇所を目と感触で確かめる。無意識かどうか知らないが、ズボンの中まで覗く必要はないと思うが。

「あ、あのぉ…。」
カルセドニーが怖々と聞こうとするがその先がどうも恐ろしくて聞けない。認めたくないが認めざるをえない。でも認められない。しかしそんなことなどお構い無い。
「大変じゃ。どうやら不死鳥の力を得て若返ってしまったようじゃのう!!はーはっはっは!!!」
「いや若返りすぎでしょ!?」
腰に手を当てて豪快に高笑いをする勇者王と思わしき人物にカルセドニーは間髪入れずつっこんだ。







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