アリスもアリスで、きっと少し前の彼女なら泣いて引き留めたのかもしれない。それをただ黙って、僅かに潤んだ瞳を下瞼に力を入れてなんとかかんとか溜まり溢れてしまいそうなものを堪えているだけだ。

だがどうもアリスは信じることが出来なかった。フィッソンは本当に彼を裏切ったのか。そうだとしても本心はここに非ず、根拠もないくせにそんな気がしてならないのだ。
「フィッソンさん!まだ何か言わなければならないことがあるのでしょう!?」

思ったことはすぐに口に出してしまう。だが何処を通して間違えてしまったのやらはたまたわざとか、アリスは「何か言いたいことが…。」聞きたかったのに。
「……強いて言うなら一つだけある。」
熱そうな素振りも見せず抱えている物のてっぺんを見下ろしながら言った。
「悠久の時を過ごすのに飽いてきた我も、移り住んだ先では毎日が刺激的だった。知らないことはまだまだ沢山あった…少なくとも生きることが楽しいと思えたのは初めてだっただろう…。」
一瞬、エヴェリンは耳を疑った。本性を露にすれば悪態でもついてくるのかと思い込んでいたものだから。
「我にしてみたらお主も相当珍しい奴だったよ。共に居て楽しかった…と、今言うと些かきまりが悪いな。」
ちょっとした気恥ずかしさをまぎらわすために照れ笑いしてみても不自然で、エヴェリンも今更になって許しを乞う様な優しい言葉をもうこれ以上聞きたくなかった。
「やめてください!!」
エヴェリンは必死に否定した。アリスが余計なことを口走らなければ「騙された」だけの「馬鹿」な「被害者」のままで要られたのだ。
「この期に及んで…そんな…。」
声も、つられて肩も微か震える
。彼の望みに答えたのか、しかしそれはもう少し早ければよかったものの炎の高さと勢いが増してやがて紅蓮に燃える壁となった。
「国の機密なんかよりも、お前のことをもっと知りたかった。互いのことを知れば良き友になれる、お前がいつか言ってた通りにな!」

揺らぐ火の隙間から覗く。後悔ともとれる言葉とは裏腹に、いつもの無邪気かつ屈託のない、見る人の心も穏やかにしてくれそうな日溜まりのような満面の笑みはすぐに隠れてしまった。

それを最後に見てしまったなら穏やかにいられるはずがない。

「何も知らなかったのは…僕の方じゃないか…!」
バランスを崩しかけながらもエヴェリンは立ち上がった。その足の向かう先は無謀にも燃え盛る炎の壁であり、驚いて何も出来なかったアリスのかわりにすぐさまカルセドニーが片手で折れていない方の腕を掴んだ。
「ちょ…ッ、バッカじゃないの!?」
素人とは違いか弱く見えてもそこは兵士、もがき暴れる一人の少年の渾身の力に体は揺れても微動だにしない。アリスもようやく彼の胴にしがみついて力付くで阻止する。
「エヴェリンさんやめ…やめて!」
アリスは非力だ、はやくも引きずられている。カルセドニーもいっぱいいっぱいだった。相手はあくまで怪我人、配慮していたら無茶な行動にも出れない。それ以前に「儀式」の邪魔をされたからには全てが水の泡になってしまう。そんなの、知ったこっちゃない。
「君は…隠してばかりで、でも僕は知ろうとも思わなかった!確かに言ったよ、でもそんなの覚えて…覚えてて…僕はほんとは…う…うわああああああ!!!」
突然の叫びに吃驚したカルセドニーの力が緩んだのを狙って振りほどいた。エヴェリン本人はもっぱらそのつもりはなかったのだが。
「は、離せええッ!!僕に出来ることはもう何もない、生きてたってこの始末なら最後は一緒に死んでやる!!!」
アリスは頭を捕まれようが離さなかった。今のエヴェリンは完全に錯乱状態に陥っており、自分で何を発言しているかもおそらくわかっていない。アリスの行動次第では放置していると最悪の事態も考えられる。

「私も悲しいけどこれはあの人が望んでやってることなのよ…!」
腹部に腕を回し足を踏ん張るアリス。彼女が止めてくれていると思うならもう大人しくなっている。ただの邪魔物でしかない。
「他人のくせに…他人のくせになにがわかるんだよ!!!」
口調も荒い。普段の引っ込み思案で内気な彼は何処へいったのだろう。とはいえアリスも引かない。
「他人のふりをしてきたのは貴方じゃない!!!」
彼女の言葉は的確に図星を突いてくる。なのにエヴェリンは聞く耳をもたない。

「私が悪いんじゃないんだからね。」
こうなれば多少相手を傷付けても動けないようにするしかないと判断したカルセドニーは杖を構えた。するとアレグロが足早に横を通りすぎる。
「……ん?」
疑問に感じつつ彼を頼ろうと杖をさげた。

「お願い…やめてよ……誰か…きゃあ!?」
アリスの体が後ろに引っ張られる。いとも容易く地面に尻餅をついてへたりこむ。油断していたのだ。すぐに腰を上げたが。






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