「しかも聖火の大業炎とは…ただの攻撃魔法じゃないの。あんた達唐揚げと目玉焼きになっちゃうわよ?」
勿論、ただの攻撃魔法でそのような奇怪な現象が起こるわけがない。
「どういう原理でそうなるのじゃ。」
ハーティーの言う通りである。
「どんな魔法なの…?」
アリスの問いにカルセドニーは杖先で空中に円を描きながら返した。
「火の壁でぐるーって囲んで徐々に外から燃やしていく嫌な魔法よ。だからこそよ、どう関わりがあるの?」
ついでに聞かれたハーティーはフィッソンの片腕に頬杖(と言えるかはわからないが)を突いている。
「説明しなくてはならぬのかのう。」
そこは彼女らしいと言えば彼女らしく、長引くのは勘弁だと横に首を振った。
「いや、それでなんとかなるんなら構わないわ。」
カルセドニーが今にも何か大掛かりな儀式でも始めるのか、肺に多くの空気を吸ったのをゆっくりと吐き出して杖を対象に向け、集中する為にと目を閉じて外界をシャットアウトしたらか細い声で何かを唱え始めた。
「さて…大分時間を食ってしまったのう…。せっかく腹をくくっておったのに時が経つと死ぬのが怖くなってくるじゃろう。」
大人しく抱かれているハーティーも目蓋を細める。
「死ぬ…?」
アリスが不思議そうにやたら穏やかな二人を眺める傍でエヴェリンも垂れていた頭を上げた。
「いや、今ので逆に未練が無くなった。死ぬ…か。待ちに待った、しかも世のため友のため命を果たせるならこれぞ我が望んだ最高の最期。」
良くない予感がした。フィッソンはいつか自由に飛び回った広々とした大空を晴れやかに仰いでいる。それがこちらの懸念を更に煽る。
「…は?な、何言ってるんですか。最高の最期?最期ってあなた死なないんでしょう?」
エヴェリンは顔に薄ら笑いを浮かべているがぎこちない。「誰かさん」が下手をやらかしたり突拍子もない冗談で周囲を混乱させてしまった時、現実から逃げたい感情が表立っていつもこんな顔で事態を眺めていた。

これもなにかの冗談だと信じたかった。

「我は…死を繰り返しておっただけ。それを一般に言う死と同じ定義と見なしたことはないが…。」
そんな難しいことを聞きたいわけではなかった。
「ちょっと訳がわかりません!なんですか、死ぬって…なんで君が死ぬ必要があるんですか?何が今から始まるんですか!?その…鍵?鍵が必要なら取り出せばいいじゃないですか!」
確かに説明が足りないとはいえ、エヴェリンが口から出任せに吐き出している事もほぼ滅茶苦茶だ。
「それはもう出来ぬのじゃ。鍵と宿り主が長き時の間に完全に同化してしまった…これはさすがにワシも予想だにしてなかったよ。」
やれやれと首を振りハーティーは続けた。
「鍵を身に宿すことによりワシは本来の姿に戻ることが出来る。しかしこうなればもうこやつごと「空の器」に取り込むしかなくなった。」
だが尚もエヴェリンは屁理屈をごねた。
「そんなの…そもそも…初めからハーティーさん自身に封印すれば良かったんじゃないですか!?」
ああいえばこういわれ、これではきりがない。親切に答えてあげたら倍の質問になってまた返ってきそうだ。そう考えたハーティーは無理矢理終止符を打った。
「ええいワシだって色々事情があるのじゃ!!」
そこに黙って聞いていたどこか切ない表情のアリスが独り言を漏らす。
「…大人はことあるごとにそう言うのね。」
小さいも小さい声なので誰も聞いちゃいなかった。
「事情…?人の命より大事な事情…ですか?他人とはいえ、裏切り者だったとしても…僕は命より大事なものはないと思ってます。」
「あるわよ。」
彼の訴えに詠唱を終えたカルセドニーが言い放つ。
「命が生きる基盤である、世界よ。」
きっとヘリオドールがこの場にいたら持ち前の空気の読めなさで茶々を入れていただろう。でもいたってふざけている気配もない真剣な様子、これが彼女の本質なのだろうか。

「…フィッソン、君の命ひとつで本当に世界が救われて、これが本当に君の望んだ最期なんですね?…なら、もうひとつ聞きたいことがあるんです。」
ようやく大人しくなった彼はフィッソンの返事を待たずに続ける。
「初めて会った時、助けてくれた件については感謝しています。そのあとも君は執拗に僕に絡んできましたよね。疑問にも思ったし、恩ぎせがましいとも思いました…。正直、君が考えている事がさっぱりわかりませんでした。」
フィッソン達の足元に光を帯びた円が現れたが気づいていない。
「僕に馴れ馴れしく接していたのは国の情報を上手く聞き出すためだったんですか?友だのなんだの言って本当は…うわっ!?」
円から突然、身の丈ほどの火柱が迸り、。いくつものそれはみるみるうちにフィッソンとハーティーの二人を逃げる隙間もなく囲んでいった。
「あっつ…。」
アリスの顔面に貼り付く熱気。いつしか隣接した炎が連結し巨大な焚き火のように化してきた。エヴェリンもアレグロも何が起こったか理解出来ないでいる。
「は、花火みたいなんだな…。」
勢いはあれどそこまで華やかではない。と、カルセドニーは心の中でアレグロに対してつっこんだ。
「…っ、顔がヒリヒリする…。あ、フィッソン…。」
ふと炎の壁から覗かせるフィッソンは、なんともいえぬ愁いの混じる誰にも見せたことのいないぐらいの悲しそうな笑みでこちらを眺めている。
「……………。」
エヴェリンは概ね察した。単純に自分は利用されていたのだと。不思議と憎しみも怒りも沸かない、それも彼を他人だと割りきっていたからだろう。

嘘。僅かながら期待していた。故にこみあげてくるのは虚無感とやるせなさと自己嫌悪の負の感情のみ。

まあそれでもいい。むしろその方がいい。お互いに何も無いのならこのまま何も無しにお別れすることが出来る…と言い聞かせた。答えなんてもう決まったのも同然だと、フィッソンの表情から悟ってしまった。










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