出会ってから長年付き合ってきたフィッソンでさえ吃驚するほど今の彼は憤怒の形相をしていた。
「一人の何の関係もない命を犠牲にするというんですか?それにアリスは自ら望んでかの女王を倒したのではなくて…。」
カルセドニーがエヴェリンに杖の先を向ける。
「今じゃあんたの言ってることを屁理屈っつーのよ。ようは仲間が死ぬとこ見たくないだけなんでしょ。」
図星だった。一人の命でそれより以上の命が救われるのならそちらの方が合理的で、ましてや国どころか世界規模に大きな傷跡を残すことになりかねない事態ではエヴェリンの詭弁は罷り通らない。
「ええそうですよ!それでなにが悪いんですか!」
ついには開き直った。どうしたものだろうと眺めるフィッソンの隣で注目してもらおうと手を二回叩く。パチパチとほんのわずかな音であったが喋り声以外の物音がほぼなかったので割りとよく聞こえた。
「待て待てぃ!まだワシはこやつを生贄に捧げるだの一言もいっておらん!」
目上の人物でもないハーティーにもカルセドニーは容赦なくきつくあたった。
「はぁあ!?じゃー要らない物を私は連れてきたってこと!!?」
傍らで要らない物呼ばわりされるアリスはやるせない気持ちが込み上げる。とりあえず身を犠牲にする必要はないと僅かに希望の光が見えた。

出会ったときの「あの態度」は一体…と少しだけ感じたが。
「いや、アリスにはワシのサポートをしてもらうのじゃ。こいつの潜在能力には目を見張るものがある。」
ただの少女に何を見出だそうとしているのか。もう一度言うがアリスは特別な力も持ってないただの人間の少女だ。しかし、淘汰の国でも似たような出来事があったのを思い出すと、元いた世界でごく普通に暮らしているのが勿体無い気さえしてくる。
「卵が割れないように守ればいいの?」
アリスに悪気はない。カルセドニーが今から詰問しようとした言葉を遠回しに尋ねているようなものだ。
「あんたの復活に必要なものを用意したってのに、今度は手当たり次第にさぐれっつーの?そんな暇なんかないってのはあんたが一番分かってんじゃない。」
にも関わらず口が自然に全てを吐き出した。

「セドニー、ヘンリー、お主らなら知っておるはずじゃ。」
ヘリオドールは間抜け顔で首を傾げる。
「なにを?」
確かに二人は「何を知っているか」わからない。
「ワシを復活させるにはもうひとつの術があるということじゃ。」
すると二人ともピンときたようだ。
「自由の鍵の力を解放するんだって?」
カルセドニーは隣で気難しい表情を浮かべている。
「そう聞いたことあるわ。でも、嗚呼…話の振り出しに戻っちゃったじゃない。鍵は偽物なんでしょ。」
正しく言うなら現在フィッソンの身に付けているそれは偽物の偽物なのだが、言わなくて良いことは誰も口上しない。ついでに加えると彼らは此処に在る鍵のことを述べている。
「如何にも。じゃがヘリオドール、お主は「力を解放」と申したが自由の鍵は封印を解くことしかできん。」
またもやヘリオドールは頭を悩ませる。
「うん、そうは聞いたけど。えっと封印されたわけじゃあないんだよなあ…。ひいっ!セドニー!?」
状況を忘れてなんともヘリオドールが相乗効果をかけたのかカルセドニーは殺気にも近い荒々しい気配を醸し出していた。

「…焦らされるのはキライなの。勿体ぶらないで「方法」はあんの?ないの?いい加減にしないと殻かち割って中身吸って唾と一緒に吐き捨てるわよ。」
それはカルセドニーの本性、いや、単に自ら言うように短気なだけか。仕方ないだろう。今は一刻を争う事態なのだ。とはいえ聞いてるこちらもぞっとするような言葉を平気に吐き捨てたからハーティーも観念したらしい(彼女自身は脅したつもりで勿論本心なわけがない)。
「の…喉に詰まらせてしまえばええんじゃ…ごほん。やれやれ…ま、フィッソンお前も覚悟は出来てここにきたのじゃから仕方ないのう…。これまた昔の話になるが聞いとくれ。」
ハーティーの顔は憂いを帯びているようにも見えた。今度こそ簡潔にお願い頂きたいものだと皆は切に願う。
「ジャバウォックを封印して間もなき頃、ワシは秘宝「自由の鍵」たるものが存在するときいた。そのような危険なものでまた復活してはいけぬと血眼になりながら探しようやく手に入れた…本物の、「自由の鍵」じゃ。」
時折目を泳がせたり首を振ったりと落ち着いた語り口調のわりに本人の落ち着きがなかった。

「しかし自由の鍵が無くなったと知れたらもっと大騒ぎである。そこでワシはある魔導士と共に一般に知られておる程度の力を持つ自由の鍵の「レプリカ」を作り、本物に見せかけたのじゃ。」






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