化け物は大人しくこちらの方をじっと見下ろしている(目はどこにも見当たらないが)。一匹が幅もあるものだから気付かなかったが後ろで違う色の花弁がゆらゆらと動いているのが見える。一体何匹いるのだろう、考えたくもなかった。
「私の部下が開発したのよ。なんのためにこんなの作ったか知らないけど…人を襲う事例があったからここに閉じ込められたの。」
こうして淡々と説明してる間も襲ってこようとはしない。
「ひいぃ襲われちゃうよお…。」
先程の威勢や呑気な笑顔はどこへやら、立ち上がることすらままならないヘリオドールは蛇に見込まれた蛙みたいにも見えた。アリスもエヴェリンも(彼ほどではないが)不安を隠しきれないでいる中、アレグロは石像のごとくじっと突っ立っていた。
「こげなもん見たことねぇ…。」
もっと間近で見てみたい欲を抑える。目に巻いた布を取ってしまえば早い話なのはわかっているが外そうとしなかった。
「いっそスキンシップとったら治るかもしれないわねぇ。なんちゃって。」
そう冗談を言ってカルセドニーが杖を上に挙げる。化け物の頭上に赤い光を帯びた小さな魔方陣が現れた。アリス達はきっとその魔方陣から雷でも落として化け物を一掃してくれるのかと期待した。しかし、そこから出てきたのは数体のマンドラゴラだった。

「…な、なんか出てきた…きゃあ!?」
地面に転がるのは更に謎を極める得たいの知れない物体。だが、姿形をよく確認しようとする間も無く化け物は目にも止まらぬ速さでマンドラゴラに食らいついた。
「うわ…これを人は猟奇的というんでしょうか。」
エヴェリンは不愉快だと目を斜め下に逸らす。胴に当たる太い茎を曲げて地に頭をおろし、花で隠れた中から咀嚼する音が聞こえるのは異形というより異様、または異常だった。
「共食いはどこでもよくあるんだな。」
二人はアレグロの信じがたい発言に肝を冷やす。そもそも、共食いなのだろうか、あれは。
「さ、いまのうちに行くわよ。触手プレイの餌食になりたかないでしょ?」
エサに夢中な化け物の脇を、カルセドニーと吐き気をこらえているヘリオドールに続いて通り抜け阻むものがなくなった道を歩いた。

<第一関門「知苦労道」>

道は行き止まりに差し掛かった。そのかわり、鉄の頑丈そうな扉が皆を待ち構える。
「しる…しるくろうどう…?」
扉にはそう掘られていた。これを翻訳できるのはこの中ではアレグロただ一人のみだったが、何らかの意味を成す言葉だとしても聞いたことがなかった。
「しるくろうどう?んな言葉初めて聞いたべ。」
唯一解読できた者が頭を悩ませるしまつだ。
「シルクロードなら学校で習ったわ!」
アリスはふと授業で否応なしに覚えさせられた単語を思い出す。
「僕はまだ習ってないです…。」
そもそも住んでいる世界が違うのだからこれから習うことも一生無いだろうと自信なさげなエヴェリンを横目にアリスは苦笑いをした。
「白黒だろうが労働だろうがなんだっていいの。ほらちゃちゃっと進むわよっと。」
そう言いながらカルセドニーは扉を前に片手で押して開く。一瞬手元が光ったが誰もそこまでは気づかないで、「案外簡単に開くんだな」と感じたのみ。他の誰かでは開けることはおろか触れることすらできないのに。

扉の先にはまさしく本当の地獄のような景色が広がっていた。チェス盤を模した赤と白の市松模様の石で構成された床があってその向こう、また先程のものとそっくりの鉄の扉へと直接繋がっている。しかしおかしなところはまず、「道が浮いている」こと。柱もなければ吊り下げているものもない。更に、皆が地獄のような景色と形容したの道の下だ。

岩漿の海の底。マグマが泡を立てて煮えたぎっているのだ。地獄のようなというより、完全なる地獄だ。この空間に入ったときからどうりで異様な熱気が顔に当たると思った。
「灼熱地獄ね!落ちたら跡形もなくなっちゃうわ。」
そんなアリスは隣で歯を震わせ挙動不審に後ろを何度も何度も振り返るエヴェリンを「落としてみたい」衝動に駈られて仕方がなかった。悪意はないのだが、落とすなと示唆している者に限って落としたくなるのは彼女に限ったものではない。下が熱湯ならよかったのだが、熱湯でさえ蒸発してしまう。







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